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3.レフトタックル・山本



「鷲尾君、ここ、空いてる?」
 入れ替え戦の二日後、学食でランチを食っていると向かいの席にお盆を置いたヤツがいる。
 同期の由佳だ。
 
 入れ替え戦の直後、来期の役職が発表された。
 キャプテンはレフトタックルの山本、副キャプテンに俺、自分で言うのもなんだが、妥当な線だ。
 そして由佳はチーフトレーナーに指名されていた。
 
 アメリカンフットボールは激しいコンタクトがあるスポーツ、怪我予防のためのテーピングや軽い怪我の応急手当て、試合や練習中の給水等を担当するトレーナーの存在は不可欠、まあ、ブレイブ・ブラザースではマネージャー兼任のようなものだが、各学年に1~2名のトレーナーがいる、最上級生になった由佳はそのチーフになったのだ。
 もっとも由佳は看護学科生、トレーナーにはうってつけで、昨年までのチーフはどちらかと言うとマネージャー役が主で、由佳はトレーナー役の実質的なチーフ格ではあったのだが、今回、名実共にチーフになったわけだ。

 そして俺は由佳がちょっと苦手だった。
 歯に衣を着せないと言うわけではない、やんわりとした口調と表現ながら、核心を突いた指摘をしてくるのだ。

「入れ替え戦の逆転タッチダウンなんだけど、ボールを抱えて突っ込んで行っても良かったんじゃないかしら」

 ほら来た……。
 それは自分でもわかっていた。
 あの場面では、確かにボールをしっかり抱えて頭からゴールに突っ込んで行った方が良かったのだ。
 ハードヒットは食らっただろうが、体勢を低くして備えていればはじき出される心配はなかった。
 結果オーライとは言え、身体を外に飛ばしてボールでコーナーパイロン叩きに行くのはリスクを伴うプレー、コーナーパイロンを叩く前に体が地面に触れていればその場でプレー終了となり、歓喜に沸いたのは相手チームだっただろう。
 見た目には派手で劇的なプレーだったが、ベストの選択をしたとは言い難い。
 由佳の言う通りなのだ、そんなことはわかっている、だが、あの瞬間、これを失敗すれば3部落ちと言うシチュエーションでも俺は反射的にハードヒットを受けることを避けた……。

 自分でもわかっているだけに却って腹立たしく感じてしまう。
 もっときつい物言いならば口論にもなるのだろうが、冷静に正しいことを言っているのだから反論のしようがない。
 俺に出来る反応は二つに一つ。
 一つは「そのとおりだ」と素直に認めること。
 もう一つは不機嫌にその場を立ち去ること。
 俺は後者を選んで、皿に残っていた一切れのフライを口に抛り込むと無言で席を立った。

 トレイを返しながらちらりと由佳を見ると、何事もなかったかのように落ち着いてランチを口に運んでいる。
 せめて憤慨していればまだ可愛げもあるのだが……。



 午後の講義はチームメイトであり、親友と認め合う山本と一緒だった。
 
 山本のポジションはオフェンスラインの中でも最も重要とされるレフトタックル。

 フットボールに於いて、オフェンスラインほど割に合わないポジションはない。
 センターを中心とする5人、すなわち左右のガードとタックルは基本的にボールに触れることができない、彼らはただひたすらランニングバックを走らせる為に敵をブロックし、パスを投げようとするクォーターバック(*1)を守る役目を担っている。
 無論、コアなファンや選手、コーチ等は彼らの仕事の重要性を理解しているし、堅実なプレーをすれば高く評価する、しかし、一般の目からすれば彼らは縁の下の力持ちであって、注目されることはない、彼らが目立つ時はミスを犯した時なのだ。
 そして、オフェンスラインの中でもレフトタックルが最重要とされるのは右投げのクォーターバックの背後、死角を守らねばならないからだ。
 死角から迫られた時、クォーターバックは回避行動を起こせず、なすすべなく倒されてしまう、悪くすると怪我をする可能性もあるのだ。

 山本も大学に入ってからフットボールを始めたクチ、高校時代にはラグビーのフォワードで鳴らしていた。
 187センチ110kgと言う恵まれた体格に加えてパワーも申し分なく、大きな身体に似合わない敏捷性も備えている、彼も1年の秋からレギュラーに抜擢された。
 しかも寡黙でぶっきらぼうながら意外と細やかな心配りが出来るやつで、キャプテンに任命された時はチームの誰しもが納得した。
 そして山本の外側を俺が走るプレーはブレイブ・ブラザースの取って置きのプレー。
 山本のいる左サイドを衝く時、俺は山本が敵を完璧にブロック(*2)し、コントロールしてくれることを信じて山本のすぐ脇をすり抜けて行ける。
 逆に右サイドを衝く時、俺は大きく膨らみがちになる、そして大きく膨らんだ分、敵ディフェンスにも時間を与えてしまうのだ。

「よう、一昨日はお疲れ」
「ああ」
 相変わらず必要最小限の言葉しか口にしない奴だ。
 わずか数秒だが沈黙が流れる。
 そして、その時、俺はまだ学食での由佳の言葉が引っかかっていた。
 例えば『何で低く突っ込んで行かなかったんだ?』と言われれば、相手が山本であれば素直に聞ける、こいつは俺が走り抜けるために身体を張ってくれるのだから。
 逆に『さすがだよ、あそこでタッチダウンを決められるのはお前だけだ』と言われれば由佳の言葉など吹っ飛んでしまう。
 しかし、無言でいられると、俺自身が考え込んでしまう。
 
 その時、教室に教授が入ってきたので俺達の話はそのまま途切れ、数日後に冬休みに入った。

 練習の再開は年明けの授業再開と同時。
 それまでは束の間のオフだ。

 ただ……山本との会話が途切れっぱなしだったことが引っかかっていた俺は、オフの間も走り込みだけはしておこうと自分に言い聞かせた。



*1)クォーターバック
 センターのすぐ後ろに位置する選手で、パスを投げたりランニングバックにボールを渡したりして攻撃を組み立てる、攻撃側で最も重要な選手、司令塔とも評されます。
*2)ブロック
 ラグビーと異なり、アメリカンフットボールではタックルに来る守備選手に体当たりして阻止することが出来ます。

作品名:Scat Back 作家名:ST