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鏡台

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 松田さんの顔を見ると、にやにやしている。

「これさあ」
 言いながら、松田さんも鏡の前に立ち、その鏡に触れた。

 僕は目を疑った。

 手が、鏡の向こうへ抜けたのだ。しかも松田さんも鏡に映っていない。

「ふふん、説明しよう」
 どこかで聞いたことのある台詞を言い、コホン、と空咳をしてから、松田さんは説明しだした。
 これはただ、向こう側に、部屋があるだけなのだ、鏡に映っているかのように、対称になるように全ての物を置いたのだ。面白いんじゃないかと思ってね、改造したんだ、と。

「凄いだろ?」
「なんでこんな……」
 くだらないことを、という言葉を慎んで、呆れていた。
 松田さんは得意気になっている。
 飄々としているが、やっていることはあまりにも馬鹿げている。
 何の利益もないことに労力を費やして、人が驚くのを見ては喜んでいるのだ。
 物好きも、ここまで来ると悪趣味だ。

 何も言えないで立ちすくんでしまった。
 茫然自失になったのだと勘違いしたのか、そんな僕の反応を見て、してやったりとばかりに嬉々として笑っている。

 この部屋も、松田さんも、どうなっているんだ。







 僕はまた松田さんの事務所にいた。
「はあ? なんでそんな手の込んだことを……」
「な、頼むよ」
 と松田さん。
「ううん……」
「面白いと思うんだけどなあ」
「でもそこまでする必要ないでしょう?」
「ふう、若者よ。青春しないと」
「これが青春ですか」
「ほら、ええと、アルバイトだと思って。ねえ直哉君」
「給料出るんですか」
「ああっと、じゃあこれあげるから。貯金箱」
「……、いや、空だし」
「じゃあこれ」
 また松田さんはガラクタの山をあさり始める。どうせろくな物はないと知っているので僕はそれを制した。
「いや、いいですいいです」
 それを貰うなら何も貰わないほうがましだ。
「そうか」
 松田さんは少し残念そうに言う。
「じゃあ……僕はこれで」
 帰ります、という旨を伝えて、立ち上がった。









 私はあれから毎日のように、付き人付きでバイトから家まで帰っていた。
 さすがに悪いと思い、帰り道の途中、
「あの……、高山君」
「なに?」
「もう、大丈夫だから……ほら、誰もいないし」
 後ろを振り返りながら
「気のせいだったんだよ、私の」
 と言った。
 高山君も振り返って、あたりを見回した。薄暗く、視界が悪い。
「あ、ああ」 と高山君。
「まあ、そうだけど心配じゃないか、ほら最近ニュースでやってるあれがさ」
 拉致監禁事件が多発している、というニュースのことだった。私も実を言うと、それが怖かった。まさか、とは思うが、万が一ということもあり得る。
 その話をされて、やはり不安になった。
 ただ後ろを歩いているだけの人も、車も、全て疑わしいように思えてならなかった。
「あ、そういえばテレビ見た?本怖だっけ」
 話題を変えようとしたのだろう。
「見た見た、あの……」
 思い出して、さらに怖くなった。
「ああっ、ああいうの苦手?」
 ごめん、と高山君は言ったが、怖がってる人間をさらに怖がらせる話題を振るとは、天然を通り越して、もはや、わざとしか思えない。
「う、うん……」
 あたりの暗さも手伝って、私は完全に怯えきってしまった。
 よりいっそう寒さが増した気がして、身震いした。










「松田さん」 直哉君が話しかけてきた。おれの事務所に来るなり、だ。
「まあ、お茶でも」
「あ、ありがとうございます……、って、じゃなくて」
「はは、まあまあ」
「どうするんですか、今日」
「うん、そろそろ行こうか」
 おれは時計を見た。

「行こうかって……、部屋、もうちょっとなんとかしたらどうですか……客を呼ぶ時くらい」
「客だなんて今さら、赤の他人じゃあるまいし」
 ははは、と笑ってなだめすかした。
「松田さんって普段何してるんですか?暇なんですか」
「暇なのは直哉君もだろ」
「ちょ……まあ、そうですけど」
「じゃ、さ、直哉君も手伝ってくれるよね」
 直哉君は、全くもう、とだけ呟いて立ち上がった。

 そろそろだな、と、おれは腕時計を見た。

 外は薄暗い。

「ああっと、万全を期して」
「そんなガラクタの山の中の何か持っていくんですか」
「まるで必要な物なんか何一つないみたいな言い種だな、はは」
 まあ、実際そうだけど、と呟きながら、探した。
「あった、あった」

「呆れました……そんなものまで」
 と直哉君が言ったが、気にせず、促した。

「さあ若いの、いざ行かん」









 私は松田さんに相談してからというもの、バイトが終わると毎日連絡していた。
「じゃあ、今日は……ええ。はい」
 例によって付き人と帰る。

 帰宅途中、ふと、また不安になった。
 つけられてるかも。
「ねえ……高山君」
「ん?」
「後ろの車……」
 だいぶスピードが遅い。
 まるで、こちらの歩調に合わせているかのようだ。
「つけてきてないかな……」
 どんな車種なのか、ライトが眩しくてよく見えない。
「うん……、どうだろ」
 高山君も、やや不安げだった。ふと思いついたように、
「あの車、まこうか」
 と言われ、私は、
「どうやって?」
 と訊いた。
 高山君は、立ち止まって車が通り過ぎるか確認するんだよ。尾行されてることに気づいてますよ、という警告にもなる。そしたら向こうも、むやみなことは出来ないはずだ、と答えた。
「うん……」
 一応は、納得したけど、つまりそれは、私たちの目の前まで車が来るのを待つということだ。
 それはそれで怖い。

 考えていると高山君は、ぴたっと止まった。私も歩くのをやめ、後ろも振り向かず、じっとしていた。

 道端でただじっとしているのも不自然だし……でも、と考えあぐね、おろおろしてしまった。

 徐々に車が近づいてくる。

 私はもう俯いて、じっとこらえるので精一杯だった。高山君のほうも見れないので、彼がどんな表情をしているか分からない。体の向きから考えて、車のほうを、じっと伺っているのだろう。

 ライトに照らされた。

 車がすぐそこまで来た。


 ガーッともゴオーッともつかない音が聞こえた。

 バンのドアが引かれた音だ、と気づいた時、私は、口をふさがれ、腕を掴まれた。

 抵抗し、もがいた。

 しかし、身動きがとれない。

 いやっ!と心の中で叫んだ。

 口にあたってるものはハンカチのような感触だった。

 これはまさか。

 思ったが、悲鳴をあげようとして、思い切り息を吸ってしまった。



 高山君は……?

 ああ、二人とも車に乗せられちゃったのね……。

 気づいたが、すでに遅かった。

 意識が遠のいた。












 事務所にて。

 ・・
 三人は、驚いていた。

 言葉が何も出ない。

 松田さんが開口一番、
「びっくりした?」
 と言ったが、誰も何も答えられなかった。
「どうせやるなら徹底的にと思ってね、だから三人とも驚かせたかったんだ。サプライズだよ」 得意満面の松田さんであったが、僕は少し腹が立ってきた。
「僕まで騙すとは……」
作品名:鏡台 作家名:行平