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よそう……また夢になるといけねぇ

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「まだわかっちゃいねぇようだな……お前ぇの芸が真打に値しねぇモンだとは思わねぇ、立派なモンだ、だがな、お前は並みの噺家で終わるような器じゃねぇ、この先は俺が教えるようなもんじゃねぇ、自分で何が足りないのか、どうすればもっともっと上手くなれるのか、そいつは自分で見つけるこったな……」
(師匠は人情噺を滅多にやらないくせに)
 その時はそう思って、正直な所面白くなかった。
 しかし、いくら綿密な計算をしても師匠が取る笑いと自分が取る笑いはどこか違うと感じてもいた。
 師匠はおそらくその事を言っているのだろう、そして、お前にはまだ何か欠けているものがある、と教えてくれたのだ。
 ただし、その答えは自分で見つけろ、と言うことだったが……。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 真打になって十年……。
 達の輔から名前を円の輔に改め、『上手い噺家』としての評価はしっかりと固めて来た。
 しかし、円志師匠から投げかけられたなぞかけはまだ解けてはいない。
 常に工夫を怠らないだけではない、そこだけに留まらずに、新作に手を広げてみたり、滅多に演じられなくなったネタを掘り起こしたりもしてみたが、納得できる答えはまだ見つからない……。
 そんな折、晩年となった円志師匠が芝浜を演じるのを聴く機会に恵まれた。

「おっかぁ、俺ぁ、やっぱり呑むのよすよ」
「どうしてさ? あたしのお酌じゃ嫌かい?」
「いや……また夢になるといけねぇ」

 円志師匠は暖かな拍手に包まれたが、円の輔は冷水を浴びせられたかのように感じた。
(わかった! わかったぞ!)
 高座を降りてきた師匠に、円の輔は深々と頭を下げた。
 師匠はそれだけで全てをのみ込んでくれたように、穏やかに笑いかけてくれた。
 円志師匠が亡くなったのはそれから間もないことだった……。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

「おっかぁ、俺ぁ、やっぱり呑むのよすよ」
「どうしてさ? あたしのお酌じゃ嫌かい?」
「いや……また夢になるといけねぇ」

 それから更にニ十年、円の輔は真打披露に臨む愛弟子の芝浜を満足げに聴いた。

「できたな……俺ぁそこに気がつくまでに十年かかかったよ」
「いえ、師匠の高座を何度も聴いている内に自然と」
「そうかい、だったら俺も嬉しいぜ……どんなに上手く笑わせようとしたって、お客さんは正直だ、腹の底からの笑いと上っ面の笑いは違うもんだ、与太郎を上手く演じれば笑ってはもらえるが、お客さんが与太郎の気持ちになって笑ってくれるのとじゃ違う……お客さんに与太郎の気持ちになってもらうには噺家も与太郎になりきらなきゃいけねぇ、それには弥太郎は普段どんな暮らしをして、何を食っているのか、何を想っているのか、そこまで掘り下げて行かなくちゃならねぇ……今の芝浜だってそうだ、台詞は『また夢になるといけねぇ』だが、魚屋の勝っあんは……」
「『夢なんかで終わらせてなるもんか』と思ってます、酒の匂いにだらしなかった頃の自分を思い、心を入れ替えてからの充実した毎日を振り返って杯を下ろす、そんな気持ちで……」
「そうだ……それを胸にして言う『夢になるといけねぇ』と、夢になったら嫌だなってだけの気持ちの『夢になるといけねぇ』じゃ違う……良くそこに気付いたな」
「師匠のおかげです」
「そんなこたぁねぇえよ、噺家になったからにゃ名人上手と言われるのは夢だ、お前はその高い高い山に登る道を見つけた、でも忘れるなよ、今はまだ道を見つけた所だ、この先は長いぞ、休んでもいい、迷ってもいい、だが、頂だけはいつも見据えていろよ」
「はい、肝に銘じておきます」
「それこそ、夢で終わらしちゃいけねぇよ……」


 おあとがよろしいようで。