初秋の朝と夜
「いいねえ、ありがとう、ほんとうに」
男は喜んだ。
天ぷら懐石を楽しむ。
岩塩、こぶ塩、抹茶塩、の三種が並べられて
「こぶ塩は、始めてだね」
男は感心した。
箸のおき方に、男はお茶のたしなみがあることがわかる。
「純米酒、お願いします」
「お酒だね、いつもそうなのですか」
「上司が好きで、しこまれました」
男は、女の言葉に反応して、その上司との付き合いを想像した。
「毛がない人、初体験だ」
「しいい」
女が唇に指をあてる。
「あなたも剃ってはどうですか、快感が違いますよ」
ささやくように話しかける。
「面白いこと言うね」
女の自信たっぷりな態度が気になった。
「ひもパンだね」
「そうですよ、ひもパンだと、ずらしたらすぐに入れられるのです」
女が挑発したから、男の主導権奪取は失敗した。
「すごいこと言うね」
女をなじる。
「社交ダンスではなくて、ベリーダンスを習ったのかと思ったよ」
「ベリーダンス、まねごとしましたけど、好きですよ」
ホテルで、一緒の間は、セックスとアベックだ。思考がすべてセックスに支配されている。
部屋にもどると、男は女がタオルの上に並べていたものを手に取り、
「道具、使ってよいか」
「いいです」
ベッドに上がって、ひもパンをずらした。
入れようとすると、
「ゴム、使ってくださいね」
男は装着して、ゆっくりと押し込んだ。
「これ、かわいいでしょ」
女はその道具を批評しながら、息をつめて、感じている。
「またいきそうです」
「感じやすいやね」
「妄想するんです」
「一人は、私がオナニーするのを見て、自分でいくんです、もう一人は、私を縛ってね、やはり自分でいくんです、3人目は、不倫していて、Sなんです、縛るんです、」
女は話しながら、声が上ずってくるのが分かった。本番なしの上司とのセックスをあれこれ思い起こして話して見せた。女はどうして男性体験をしゃべるのだろうか、被虐の官能が生まれるのだろうか、謎である。
「縛るだけなら、Sやないね」
男は奇妙な説明を行ったが、その理由は聞かなかった。
「目隠しされてね、口に何かを詰め込まれてね」
「ふんふん」
男は興味をしめす、
「両手、両足を縛られるの」
「それで、」
男がのめり込む
「足をいっぱいに開かされて、すぐに入れられるかっこうさせられて」
「面白そうだけど、僕はしないな」
「そうなんですか」
「縛ることより、耐えている女に興味がわくねえ、観察するのが好きだね」
この男はすこし違うと思った。
女が全身を反応させるのを見届けて、男はバイブを抜いた。
「バーには、ネイビーブルーでどうかね」
「裾が割れるからでしょ」
「ばれたか」
バーで飲む。
「なんてお呼びすればよろしいか」
「おじいちゃんと孫かな」
「孫はないでしょう」
ふたりの会話のさなかに、
「あなたのこころに火をつけて、その煙で目がしみる、という歌です」
ジャズピアニストが弾き語る、男は1曲ごとには拍手を送る、そのつど、ピアニストは会釈をした。女は静かに聞いたらどうかとつぶやき心の中で非難していた。
ピアニストは立ち上がると、長身で帽子が似合いそう、外国の俳優みたいだ。
「なにか、ご注文は」
男の連れの女に尋ねた。
「Lで始まる曲をお願いします」
演奏が終わると、
「ラブミーオアリーブミーです」
とピアニストはその曲を解説した。
男の陽気さに最初は戸惑ったが、その場の雰囲気にすっと入っていくのは見事だった。感心した。
「月いくら払えばよいのかと、思案している」
「お断りします、専用ではありません、私がきめます」
「君のような人を、スタッフにしたらいいな、物おじしない、頭がフル回転している、」
「恥ずかしがりなんですよ、ふだんは地味で」
「僕もね、女性の服の色なんて関心がないのだが、今日はね、道中、すれ違う女性の服装が気になって仕方がなかった」
「フィフティシェイズオブグレイ、見たんです」
「ありえない設定だね」
「そんなことないと思います」
「大金持ちの話だろ」
「映画とか見ます?」
「氷の微笑とか」
「シャロンストーンですね」
「いいねえ」
「あの、足を組み替えるシーンでしょ」
「興奮するね」
「おしゃれには関心ないのですか、ジバンシーですよ」
「そうなんか、知らなかった」
女は話題に幅があるのに、男はセックスだけになる。男の方が単純で、女の方が、引き出しが多い。おしゃれの話題に気づかない。
バーでは言葉だけで盛り上がった。部屋に戻ると、女は、下着姿を披露した。水色のお揃い、肌にぴったりの素材、マダムらしいおすすめだ。
ベッドで体を絡ませながら、女は面白い設定を思いついた。
「縛ったことありますか」
「知識はもってるけど」
「縛ってみます」
男は驚いた風だ。刺激するのだ、刺激し続けるのだ。主導権を確保して。男の攻撃性を誘い出す。
女は持参した赤いひもを男に渡して、両手を縛るように言う。女が両手を頭の上にあげると、男は軽く縛る。
「これは、サディストではない」
男は先ほどと違う言葉ではあったが不思議な弁明をする。気になる。SMがわかっているのか、余裕を示しているのか、教えてほしくなった。次の機会が楽しみだ。
男は無抵抗なかっこうを見て、興奮してきたのか、バイブを再び、押し込む。振動を強くする。
「あああ、あああ」
体がガクン、ガクンと動く。
「もういったのか、いきやすい?」
「よくわかりません」
もう三度目だ。
カーテンを開けると、東山連峰が漆黒の闇に包まれている。そのスクリーンに月が浮かんでいる。
「もうすぐ、中秋の名月だね」
「宵待月とか寝待月とか言うんでしょ」
「秋は、いろいろの月があるね」
男は寝る前に女を舐めると、眠りかけた。
女は目がさえてきて、一日をふりかえった。今日は完璧だった、自信が溢れてくる。娼婦への第一歩は大成功だ。うとうとしながら、朝の段取りを思い出していた。
実りの秋になるのか、初めての秋と言うべきか、不安な気分に包まれる。今日の娼婦の仕事を考えると憂鬱になる。
はじめての映画館で尻ごみをした、あの暗さになじめなかった子供のころの体験を思い起こした。暗さの向こうに楽しみがあるとわかったのは、もう少ししてからだった。娼婦への道、迷いがないわけでないが、映画を見ると考えれば納得できる。映画のような人生もありだろう。
道具をたしかめる、洗って、電池を入れ替える。挿入して試してみる。体が興奮しているのか、穴が開いていて受け入れる。予行演習は終えた。スキンをあるかぎり詰め込む。
「前の彼氏、呼び出したらどう」
「よくそんなひどいことが言えますね」
マダムとのやり取りを思い出す、男との出会いの準備に必要だろうというわけだ。一人で体を慣らすことができた。上々だと、自分をほめた。
秋の朝の陽は穏やかだ。肌をなでるように光がさしてくる。
男はカーテンを開けて、その秋の朝の陽を女の体に導くと、あらためて眺めるのだった。目覚めてカーテンを開けていたから、秋の朝日が差し込んでくる。やわらかい日差しだ。まるで屋外にいる心地がする。女は、秋めく大気の底にいると感じた。
「水着の後がくっきりやね、」