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②残念王子と闇のマル

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香りの都


陽が暮れる前に『香りの都』に入れた私たちは、そのまま国境の宿に泊まった。

「さ~、お風呂にでも入ってのんびりするかぁ。」

食事から部屋へ戻ったとたん、カレンが荷物を置きながら、体を伸ばした。

そして着替えを取り出すと、私に手を差し出す。

「おいで。」

満面の笑顔で誘われると、断れない。

私は着替えを持つと、その手を取った。

『ちょっと目を離したら、すぐどっか行っちゃうし奪われちゃうから。もう絶対手も目も離さない。』

カレンの言葉が蘇る。

確かに、カレンは助けに来てくれてからずっと、私から離れない。

(よほど心配をかけたんだな…。)

私は脱衣所で服を脱ぎながら、ぼんやりとカレンを見つめた。

すると、視線に気づいたカレンがニヤリと悪戯っぽく笑う。

「なーに見つめてんの、エッチ♡」

「え!エッチ!?」

私は、思わず脱いだ服をかき集め、体を隠した。

「ははっ!」

カレンが楽しそうに肩を揺らして笑う。

(からかわれた!…悔しいっ!)

私はカレンをキッと睨みつけると、浴室に素早く入って鍵をかけた。

「わっ!鍵かけんなよー!」

カレンがガチャガチャ鍵を外そうとするのを無視して、私は頭と体を手早く洗い、浴槽につかる。

「…はー。」

あまりの心地よさに体を伸ばして天井を仰いだ。

「マルー、開けてよー!」

弱々しい、甘えるような声が扉の向こうからする。

あまりの可愛さに私は小さく笑うと、扉を開けにいった。

鍵を外し、捕まえられないようにすぐに浴槽につかると、カレンが頬を膨ませて浴室に入ってくる。

「…。」

いじけた様子のカレンは、私をチラリと一瞥すると無言でシャワーを浴び、体や髪の毛を洗い始めた。

(翻弄されることが多いし、普段は頼りになるんだけど、こういうところは年下だなぁ。)

私はくすりと笑うと、そのまま浴槽の縁に頭を乗せ天井を仰いだまま目を瞑る。

(そういえば、もうすぐカレンの誕生日…。)

カレンのシャワーの音と温かいお風呂に、意識がまどろみ始めた。

(…お祝い、なにが喜んでくれるかな…。)

ここの宿は香りの都だからか、アロマの香りが満ちている。

出るお水も全て甘い香りがしていて、その香りが心と体を癒してくれた。

「マル?お風呂で眠っちゃ危ないよ。」

カレンの声が聞こえるけれど、私の意識は泥のように溶けて沈んでいく。

ゆらゆら温かな水中を漂うように、私は心地よく意識を手放した。

「ゆっくり休んで、嫌なこと全部忘れな。」

浮遊する意識の遠くで、優しい声がした気がする。

私はあまりにも幸せで、頬を緩めながらその声の方に身を寄せ温もりに体を預けた。


(暑い…。)

あまりの暑さに、意識が覚醒する。

目を開けると、目の前にカレンの首筋が見えた。

規則正しい呼吸が、頭上で聞こえる。

首筋には、汗が幾筋も流れ、艶めいていた。

汗だくになりながら、カレンはしっかり私を抱きしめて眠っている。

外から、朝鳥の可愛い声が聞こえてきた。

(喉が渇いた…。)

水を飲みに行きたいけれど、私の体を脚の間にはさみ抱き込んで眠っているカレンの腕から抜け出すのは、いくら私でも至難の技だった。

(起こすのはしのびないけど、王様との謁見の時間もあるし…。)

「カレン。」

躊躇いながら、声をかけてみる。

すると、カレンは一瞬で覚醒して飛び起きた。

「!?」

あたりを見回して、深くため息を吐くカレン。

(もしかして…一晩中、警戒してた?)

ここ二日、不穏なことが続いたので、王子なのにすっかり警戒心を強くしたようだ。

私が熟睡してしまったから、カレンはひとりで一晩中、警戒していたんじゃないだろうか…。

だから、私をあんなに抱きしめて…。

「朝か~…おはよ、マル。」

大きな欠伸をしながら、カレンが伸びをする。

そんなカレンの無防備な胸に、私はそっと体を寄せた。

「おはようございます、カレン。」

トクトクとカレンの穏やかな鼓動が聞こえる。

「守ってくださって、ありがとうございます。」

手のひらで、カレンの胸を撫でると、カレンが私を優しく抱きしめてくれた。

「いつもマルがやってくれてるんだし、たまには僕もできるとこ見せないとね!」

私はカレンの胸に頬をすりよせながら、俯く。

「でも二日続けて熟睡しちゃって、申し訳…。」

最後まで言わせて貰えなかった。

一瞬で顎を掬われ、唇を重ねられたからだ。

「ん…ふっ。」

深く口づけられ、身体中に甘い痺れが走る。

昨日の湖での快感を体が覚えているのか、今まで経験したことのない目眩のするような甘い痺れがすぐに身体中を駆け巡った。

「っは…ぁ…。」

口づけだけで嬌声をあげる私に、カレンは唇を離すと、熱のこもった瞳で私と視線を合わせる。

「どうした?マル。なんか今日、色っぽい…。」

言いながら、もう一度口づけてきた。

「そんな反応されたら、抑えられなくなるじゃん…。」

カレンは、私をギュッと抱きしめる。

「昨日の夜だって、一生懸命がまんしたんだからさ~。」

冗談ぽく言うカレンの言葉で、思い出した。

「!あっ!そういえばお風呂で…。」

私は謝ろうと、カレンから体を離す。

「申し訳ありませんでした!!」

ベッドに手をついて謝ると、カレンは妖艶な笑みを浮かべながら、ベッドへ横たわった。

「全然申し訳ないことないよ~。触り放題だったし♡」

「!!」

冗談とも本気ともつかない言葉に、私の顔がカッと熱くなる。

「ふふっ。」

なんだか妙に今朝のカレンは艶っぽい。

(寝不足だから?)

「カレン、ちょっと眠りますか?」

私が訊ねると、カレンはゆっくりと首をふりながら体を起こした。

「ん~ん。大丈夫。王様と謁見の約束があるから、用意してもう出なきゃ。」

私はベッドから降りると、カレンの鞄を開け、王子の衣装を取り出す。

「ん?」

王子の衣装の下に、女物のドレスがあった。

「これ、なんですか?」

私がドレスを取り出すと、カレンが嬉しそうに笑う。

「マルのだよ♡」

「は?」

王子は銀色のドレスを取ると、私の手を引く。

「サンドリヨンのドレスを作ってもらう時に、一緒に作ってもらってたんだ。本当はあの舞踏会で着てもらう予定だったんだけど…遅くなってごめんね。」

そして妖艶に微笑む。

「ね、着てみてよ。」

囁くように言われ、私の心臓はドクンッと大きく跳ねた。

「ありがとう…ございます。」

照れながら頭を下げると、カレンが満面の笑顔で私を抱きしめる。

「なんか今日のマルは、色っぽいし素直だし可愛いなぁ♡」

そういうカレンも、なんだか艶っぽい。

カレンは、ちゅっと音を立てて私に軽く啄むように口づけると、ベッドから立ち上がった。

「顔、洗ってくるね~。」

洗面所へ向かうカレンの後ろから、私は洗面道具を持ってついていく。

目の前の広く大きな背中を見つめながら、頭を軽く左右にふる。

(なんだか頭の芯が痺れてぼんやりしている気がするのは、気のせいかな。)

むせ返るようなアロマの香りに酔ったような、ふわふわした心地がしていた。
作品名:②残念王子と闇のマル 作家名:しずか