②残念王子と闇のマル
忍び寄る魔の手
カレンは、数日ぶりに『王子』になった。
頭には黄金の冠、耳には美しい装飾が施された豪奢なピアスをつけ、白い衣装に真っ青なマントを翻しながら、ブーツの音を響かせて宿の廊下を歩くと、皆がギョッとした表情でふり返る。
(THE PRINCE!って感じだもんね。)
こんなのがいきなり普通の宿屋に現れたら、驚くのも当然だ。
あまりの美しさに、老若男女問わず皆がぼんやりと見惚れる中、カレンは優雅な物腰でチェックアウトの手続きに向かおうとした。
「お待ちください、私がします。」
慌てて私が前に出ると、カレンは一瞬首を傾げたけれど、すぐに合点する。
「ん。よろしく。」
私が従者の姿で、チェックアウトしに向かうと、カレンは長い足を優雅に組みながら椅子へ腰かけた。
それだけで、黄色い声があがる。
会計が終わり、二人ぶんの荷物を抱えて私が厩舎へ向かうと、カレンが後ろからのんびりとついてきた。
(すっかり王子モードになってる。)
厩舎の番頭にお金を支払い、リンちゃんと星を受け取ると、番頭が私へ囁いてくる。
『あんたら、どこの国の人?』
私はにっこりと笑って、頭を下げた。
『まだ王様へご挨拶しておりませんので身分を明かすことができません。申し訳ありません。』
星に荷物を乗せた後、私はリンちゃんに王家の紋章が施された金の轡(くつわ)を食ませ、額飾りや華やかな鞍を身につけさせた。
何もつけていなくてもリンちゃんは十分美しい白馬だけれど、やはりこうやって王族の愛馬の身形をすると、私の星との品格の差が歴然となる。
「王子様、お待たせ致しました。」
私が敬礼をすると、カレンがにこりと微笑んだ。
「ん。」
そして優雅にリンちゃんに跨がる。
その瞬間、番頭が口笛を吹いた。
『これぞ正真正銘『白馬の王子様』だな!』
私はその言葉に微笑み返すと、番頭に改めて頭を下げる。
『お世話になりました。』
私は星に跨がると、カレンのななめ前を先導した。
今は『王子』と『従者』なので、カレンはいつものような軽口をたたかず黙ってついてくる。
けれど宿が見えなくなったとたん、ぼそりと呟いた。
「マルって、後ろ姿も可愛らしいよなぁ。」
(突然なに!?)
驚きつつも私はその言葉を聞き流し、前を向いたまま無言で歩を進める。
「こー、まあるいフォルムでさ、抱きしめたくなっちゃうよね~。」
(…からかって遊んでるな、これ。)
私が無視していると、更にカレンは大きな一人言を言う。
「いや、抱きしめるだけじゃもう満足できないな。抱きしめながら唇を」
「王子。」
私が斜めにふり返って冷ややかな笑顔を向けると、カレンが嬉しそうに笑った。
「あはっ。やっと顔を見てくれた。」
その言葉に、はたと気づく。
(そういえば、王子の姿になってから、カレンには頭を下げてるか前を歩いてるかだったから、正面から目を合わせてないかも。)
私は周囲に人気ががないのを確認して、カレンの隣に星を誘導した。
そして肩を並べて歩きながら、そのエメラルドグリーンの瞳をまっすぐに見つめる。
「すみません…がらにもなく、久しぶりの従者の役目に緊張してたみたいです。」
すると、カレンが首を傾げてゆったりと優しく微笑んだ。
「ん。だろーと思った。マルは真面目だからなぁ。」
そして頬を撫でてくれる。
「…。せっかくのドレス、着れなくてすみません。」
私が頭を下げると、カレンは微笑みながら小さく首を左右にふった。
「僕は、今でも構わないと思ってるんだけどね。でも、マルが言うこともわかるから一応受け入れたけど…そもそもマルが悪い訳じゃないじゃん。」
言いながら、輝く笑顔を向けてくれる。
「ドレスも、腐るもんじゃないし。まだまだ訪問国はたくさんあるから、どっかで着てくれたら大満足♡」
そう。
本来は、私はもう従者ではない。
この視察には、カレンの婚約者である『花の都の王女』として帯同していたのだけれど、キースに殴られた頬が青く腫れていて唇の端も切れているので、今回は先方に気づかれない間は『従者』として控える、と私はカレンを説得した。
「その従者姿も、僕は好きだよ。さっきの冷たい笑顔も、懐かしかったし♡」
カレンが色気たっぷりに微笑む。
「結局、どんなマルでも、僕はマルのことが大好きってことなんだなぁ。」
「か…カレン、もう、それ以上は!」
あまりにも恥ずかしすぎて、私はカレンがそれ以上言わないように割り込んだ。
「いつまで経っても、うぶだなぁ。」
(…なんか私ばっかり翻弄されて、悔しい…。)
余裕な表情でカラカラ笑うカレンに、一矢報いようと私は笑顔を向ける。
「カレン。」
名前を呼ぶと、カレンが艶やかな笑顔で私を見た。
「私も、どんなカレンでも、カレンのことが大好きです。カレンのためなら、命だって惜しくない。」
澄んだ美しいエメラルドグリーンの瞳を真っ直ぐに見返しながら言葉を紡ぐと、カレンは目を大きく見開いて私をジッと見つめ返してくる。
(あれ?驚いただけ?)
カレンのキョトンとした表情にがっかりした私は、カレンから視線を逸らした。
(このくらいじゃ、照れてくれないんだ。)
寂しい気持ちになりながら前方を見ると、遥か遠くにお城が小さく見える。
「あ、お城が見えてきましたね!」
再びカレンのほうを向くと、そこには顔を真っ赤に染め私を見つめるカレンがいた。
「!!」
驚いて息をのむ私から、カレンはふっと目を逸らすと片手で顔を覆う。
「その不意討ち…ヤバすぎる…。」
そして手から覗く照れた顔がいつも以上に色っぽくて、私まで鼓動が早くなる。
それからはなんだかお互い恥ずかしくなってしまい、無言でお城を目指した。
『おとぎの国王子、カレンでございます。』
カレンが、香りの都の言葉で流暢に挨拶をする。
その美しさと優雅な振るまいに、謁見室にいる全員がため息をもらした。
私はカレンの斜め後ろに控え、頭を垂れる。
『カレン王子、よくぞ我が都へお越しくださった。おとぎの国の王族のご訪問は、互いの国の先王以来だ。』
香りの都の王様が、笑顔でカレンに応えた。
けれど、香りの都の言葉で言われたので、すかさず私は訳す。
(現地の言葉は、挨拶だけ練習してたもんね。)
それでも、今までのカレンからは想像もつかない優秀な王子ぶりだ。
『王様におかれましては、国際会議などで我が父王と親しくして頂いていると、いつも父から聞いております。今回、このようにご尊顔を拝することができたこと、まことに恐悦至極に存じます。』
カレンはにっこり微笑んで、国際共通語で返す。
その滑らかな発音に、再びため息が聞こえた。
王様はカレンをジッと見つめると、ニヤリとくだけた笑顔を浮かべる。
『王様から、王子が『女性については積極的に勉強をするけれど、後継者としての勉強は逃げて回る』と伺っておったのだが、あれは謙遜だったのだな。』
途端に、カレンの体が強ばるのがわかった。
背中しか見えないので、どんな表情をしているのかわからないけれど…想像はつく…。
作品名:②残念王子と闇のマル 作家名:しずか