②残念王子と闇のマル
娼婦と妖精王子
男の話し声が聞こえる。
私はうっすらと目を開けると、首筋に痛みが走った。
(いたたたた…。)
手で首筋を押さえようとすると、ジャラッと鎖の音がして、手が動かないことに気付く。
ハッと意識を覚醒させると、私は手足を大の字に広げる形で縛られていた。
「やはり、急いで縛っといて良かったな。さすが上忍中の上忍、覚醒が早い。」
聞き覚えのある声に、背筋がぞくりと冷たくなる。
私の前に立ったのは、キースだった。
「しかし、忍も最悪な生き物だな。」
嘲るように笑うその横に、見覚えのある少年がいる。
「理巧(りく)…。」
それは6歳下の、弟だった。
「金さえ払えば、実の姉でもこうやって躊躇いなく引っ捕らえてくるんだからなぁ。」
理巧は、父上と同じ色術の持ち主だ。
父上ほどその力が強くないので、至近距離で視線さえ合わせなければ声だけでは色術に掛かることはない。
けれど、母上ゆずりの銀髪に、父上ゆずりの切れ長の黒水晶の瞳、冴える美貌は立っているだけで、普通の人なら目と心を奪われるだろう。
私が廃嫡となった後、理巧が次期頭領候補になったことは聞いていた。
でも今まで忍として共に訓練もしたことなく、得意な得物も実力もよくわからない。
ただ、少なくともハッキリしているのは、手刀を落とされるまで、その気配に全く気づけなかったということだけだった。
(私が油断したからなのか、理巧が私を上回っているということなのか…。)
「理巧。」
もう一度呼んでみる。
けれど、私に名前を呼ばれても無表情で立っているその冷めた目付きは、何の感情も読み取れない、忍そのものだった。
「この依頼は頭領を通していないでしょう。」
私は理巧の真意を探ろうと、訊ねる。
けれど、理巧は答えることもなく、ただ黙って私を見つめていた。
私は弟の目的が読めないので、キースに視線を移した。
(キースの方が扱いやすい。こちらを攻めて、うまく隙を作って逃げよう。)
「目的は?」
私が訊ねると、キースは薄い笑いを浮かべた。
「復讐に決まってんだろ。」
私は小さくため息を吐くと、わざと煽るように笑った。
「復讐ねぇ。せっかくあんな綺麗なお姫様といい感じになれたのに、バカじゃないの?うまくいきゃ、夫君におさまれるのに。そんな醜い心じゃ、お姫様にも捨てられて、この先もずーっと亡国の元王子様のまん」
そこまで言った時、思いきり頬を殴られた。
口の中が切れ、血が広がる。
(…乗ってきたな。)
私は口の中の血を吐き捨てながら、自分の暗器がどこに置かれているか確認する。
すると、私の対角線の先にある床の上に無造作に置かれていた。
(大事な忍刀と毒手裏剣は鞄に入れていたから良かった。王子が持ってくれているだろうし…クナイがひとつでも取れればいいけど、最悪、理巧を利用して武器を得るしかないな…。)
「で、どうやって復讐するの?『亡国の元王子サマ』。」
私が言う度に、キースはこめかみに青筋を立てる。
(扱いやすいヤツ。)
これから考えると、ああ見えて王子はやはり賢い。
(普段は幼いけど、こんな挑発に乗ることは、まずないもんなぁ。)
「余裕ぶってんのも、今のうちだ。」
言うなり、キースが私の前に黒いものを放り投げた。
重い音と共に血飛沫が私に降り注ぐ。
見ると、それは星の首だった。
(!…。)
思わず悲鳴を上げそうになるけれど、それをぐっとこらえる。
(ここで感情を見せたら、負けだ。)
「おまえの愛馬も、連れてきてやったぞ。」
狂気を孕んだ笑顔を浮かべたキースは、私の顎をグッと掴む。
「愛馬がこんな目に遭ったってのに、眉ひとつ動かさないとか…おまえホントにクズだな。人の心を持ってないんだろ。」
忍は、感情を表さない訓練を受ける。
でも、それは表さないだけで、感情がないわけではない。
父上から『次期頭領候補』の印として、父上の愛馬の産んだ子馬を13歳の時にもらった…それが星だ。
星一族である誇りを持とうと『星』と名付け、任務の時は寝食を共にしてきた。
この9年間、親兄弟よりも蜜に過ごした、大切な存在だった。
それをこんな目に遭わされて、なんとも思わないはずがない。
けれど、それを見せれば相手の思う壺。
相手にこちらの弱味を見せることになるので、何があっても感情を殺しているだけだ。
私は無機質な視線を、キースへ返す。
「で?」
抑揚のない言葉で言うと、キースの表情が歪んだ。
私はその隙に、チラリと理巧を見る。
その一瞬で、理巧の得物を確認した。
猫手と角指を装備。
腰にクナイと手甲鉤。
そして忍鎌。
背中には忍刀と兜割。
以外に接近戦を得意とした武闘派なのかもしれない。
私は理巧を確認したことを気づかれないように、すぐにキースと視線を交わす。
すると、キースが私の顎を掴みながら理巧をふり返った。
「女は犯すのが一番ダメージをくらうらしいが、こいつは娼婦だからな。だが、いくら娼婦でも、実の弟に犯されたら正気ではいられないだろ。」
下衆な笑みを浮かべて、理巧を見るけれど、理巧は平然と答える。
「それ、一人前の忍になる儀式で経験済みなんで、ダメージないんじゃない。」
(!)
私は理巧を見た。
視線は合うけれど、やはり感情は読み取れない。
しかし、嘘をついてくれた。
儀式では、血族同士の交わりは、ない。
「はぁ!?姉弟でそんなことすんのか!?」
嫌悪感を剥き出しにするキースを、理巧は冷ややかな無表情で見つめる。
「ていうか、おまえ、その時いくつだよ。」
「7歳。5歳で娼館で客を取っている者もいるから、普通。」
キースは、おぞましいものでも見るように、無言で理巧を見つめた。
「忍の世界は、外道ばかりだな。」
私はそんなキースを煽るため、声を立てて笑った。
「私達は闇の深淵で生きてるんだ。光の差す世界からちょっと日陰に入った程度のヤツが考える復讐は、私たちにとっては普通のことなんだよ。」
すると、キースが下卑た笑いを浮かべ、するりと服の裾から手を差し入れる。
「けど、おまえの弱味はもう知っている。」
キースは言いながら、慣れた手つきでズボンごと下着を下げる。
けれど足を広げた状態で固定されているので、少ししか下がらなかった。
「カレンだろ?カレンに娼婦と知られた時の動揺…。おもしろかったなー。その時のカレンの顔もな!」
言いながら、下着の隙間に手を滑り込ませ、私の下半身をまさぐる。
「たまたまこいつが白雪姫の護衛をしてたから、おまえの拉致を依頼したんだけどさ。まさか姉でも、金で簡単に請け負うとはなぁ。」
キースはもう片方の手で、私の上着をまくりあげ、胸の膨らみに手をかけた。
「カレンも、てっきりおまえなんか捨てて行くかと思ったのに、まっさか連れて行って、あの後も一緒にいたなんて思いもしなかったよ。あの遊び人が手放さないって…よっぽどこの体、イイんだろうなぁ。」
胸の膨らみと下半身を愛撫しながら、私の首に唇を寄せる。
(チャンス!)
私はキースの肩越しに、理巧を見た。
作品名:②残念王子と闇のマル 作家名:しずか