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②残念王子と闇のマル

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失格


暖かくて柔らかい…いい香りがする…。

(これは、王子の香り…。)

目に眩しい光が差し込み、私はゆっくりと瞼を持ち上げた。

「マル!!」

その瞬間、力強く抱きしめられる。

「ソラ様!ソラ様!!マルが目を覚ましました!!」

「あ~…はいはい。わかってるよ。ちょっと落ち着きなって。」

低く艶やかな声が気だるげに頭上で聞こえた瞬間、音もなくベッドサイドに黒装束の父上が降り立った。

「父上…。」

私は改めて心配をかけてしまったことを思い出し、涙が溢れた。

「父上、申し訳ありません…私…。」

ベッドに手をついて下げた頭に、大きな手が触れる。

「麻流、おまえの迷いや苦しみ、俺も全く同じだったよ。」

私の心を全て見透かしたような言葉に、私は顔を上げて父上を見つめた。

頬に一筋、涙が伝う。

「闇の仕事で真っ黒だった人生に、眩しい光を放つ聖華(せいか)と出会ったことで浄化されることもあったし、闇が余計影を濃くしたこともあった。その葛藤に苦しんで、わざと聖華を突き放した時もあったし、傷つけたこともあった。それに…忍として失格なことも多々あった。」

(父上も、同じように悩んだんだ。)

珍しく饒舌に話す父上を、私はジッと見つめた。

父上も同じだったんだとわかっただけで、信じられないほど心が軽くなる。

そんな私の頭を、父上はもう一度撫でた。

「まぁ…だからさ…そろそろ苦しくなる頃じゃねーかなーと思ってさ…。聖華にお許しをもらえたから、様子見に来たのさ。」

突然いつもの口調に戻った父上に、私は思わず吹き出すとその胸に飛び込んだ。

涙はすっかり止まった。

「国境の宿で、クナイを打ち込んじゃってごめんなさい!」

笑いながら謝ると、父上は私を強く抱きしめながら頭を拳骨で小突く。

「全然悪いと思ってねーだろ!…まぁ、護衛なんかでユルい生活送ってるから、腕鈍ってんじゃねーかと思ってたけど、腕前は健在でホッとしたわ。」

私は父上の顔を見上げて、ニヤリと笑ってみせる。

「父上だって、もう20年以上母上の護衛をしてユルい生活送ってるのに、腕落ちてないじゃないですか。」

すると父上がその黒水晶の瞳を三日月にして微笑む。

「おまえ、頭領の俺をなめるとはいい根性してんなぁ。」

口調とは裏腹に、その手は優しく私の頬を撫でた。

けれど、父上は突然その穏やかな表情を消すと、感情の読めない人形のような視線で王子を見た。

「カレン王子。」

突然、呼ばれて王子の肩がはねる。

けれどすぐにベッドサイドをぐるっと回って、父上の足下に跪いた。

そんなカレン王子の前に父上は屈むと、王子の顔を下から覗きこむ。

そして、ジッとそのエメラルドグリーンの瞳を見つめた。

「…。」

王子は戸惑いながらも、父上の瞳を見返す。

そして十数秒見つめ合った後、父上の黒水晶の瞳が三日月になった。

(父上が、微笑んだ!)

驚く私の前で、父上は床にどっかりと座り込み、立てた右膝の上に右腕と顎を乗せておもしろそうに王子を眺める。

「おまえ、すごいわ。」

父上が王子を眩しそうに見つめながら、口元のアルミのマスクを外した。

(え!?)

「あ、おまえはこれ噛んどきな。」

父上は私の口にミントのカプセルを押し込む。

このカプセルは、父上の色術を解除する頓服だ。

私はそれを奥歯に仕込んで、父上と王子…美しい二人が相対するのを見つめた。

「…変な気持ちにならねーの?」

父上が、素顔を晒したまま王子を斜めに見ながら訊ねると、王子は戸惑いながらコクリと頷く。

けれど私はその声だけで、体の芯に甘い痺れが走り呼吸が乱れるので、急いで奥歯のカプセルを噛み砕いた。

とたんにミントの強烈な爽快感が口の中に広がり、鼻と耳と目頭から抜けて、甘い痺れも一気に消える。

「すげー…聖華だけかと思ってたけど…いるんだ、こういうやつ。」

そして嬉しそうに微笑みながら、父上は私をふり返った。

「麻流、おまえオトコ見る目あったな!」

(!!)

父上が、王子を認めた!!

私は嬉しさのあまり、口元を両手で覆う。

王子も、満面の笑顔でベッドの上の私をふり返った。

すると父上はもうひとつミントのカプセルを私の口に押し込んでくる。

「もひとつ、ほい。」

そして素顔のまま気だるげに微笑んだ後、王子に視線を流した。

「悪名高い女たらしのバカ王子って銀河(ぎんが)が言ってたけど、この2日間見てて、俺はちゃんとした奴だと思ったな。…太陽(たいよう)に似てる気がするのは、ちょっとあれだけど。」

(銀河叔父上…。)

苦笑する私の前で、父上はスッと立ち上がる。

「今度、うちの国にも来るんでしょ?」

父上はマスクをつけながら、王子を見下ろした。

「はっ、来月にはうかがう予定です。」

王子が答えると、父上は小首を傾げて、甘く笑う、。

「そ。じゃ、麻流を頼んだよ。」

最後の言葉が聞こえたときには、もう父上の姿は消えていた。

「…。」

父上が消えた場所をジッと見つめる私のそばに、王子が座る。

「世界一美しく、世界一強い忍…か。」

王子も、父上がさっきまでいた場所を見つめた。

「銀河…って?」

王子は、父上のいた場所を見つめたまま訊ねてくる。

(あ、酷評を気にしてるんだ?)

私は小さく笑うと、ベッドサイドに足を下ろし、王子と肩を並べて座った。

「銀河叔父上は、父上の兄で、太陽叔父上も、父上の弟です。父達三兄弟は、母上の従兄弟なんですよ。」

「へぇ。」

王子は相槌を打ちながら、私を優しい眼差しで見る。

「銀河叔父上は、自分にも他人にも厳しい方なんです。でも実は、とっても優しいんですけどね。」

「あ~、あの女官みたいな感じ?」

私たちは、ドレスを仕立ててくれた女官を思い浮かべ、同時に吹き出した。

「なんか、まだ国を出て3日目なのに…懐かしいな!」

王子が、エメラルドグリーンの瞳を半月にして笑う。

「その笑顔…父上も言ってましたが、王子は太陽叔父上に雰囲気が似てるんです。」

私が王子を見つめて言うと、王子が私の後頭部に大きな手のひらを添えた。

「『王子』に戻っちゃったんだ?」

切ない笑顔で微笑まれ、鼓動がトクンと小さくはねる。

「…。」

なにも言えず俯く私の頭を優しく撫でると、王子は天井を見上げた。

「マルが呼んでくれるならなんでもいいけど、外ではカレンだよ?」

穏やかに笑う王子に、私は微笑みを返す。

そして二人でしばらく肩を並べて座っていると、扉をノックする音がした。

「チェックアウトのお時間を過ぎてますが…。」

扉の外から声を掛けられ、私たちは顔を見合わせる。

「やばっ!」

大急ぎで身支度を調えた。

「マル、体調は大丈夫?」

王子が荷物を私の分まで背負いながら、手を差し出してくる。

「はい。ご心配をおかけしました。」

私は笑顔を返しつつ、その手を取ることを躊躇った。

すると王子は何も言わず、私の手を取って歩き始める。

「しんどくなったら、我慢せずに言いな。」

(あったかい…。)

どうしてこんなに優しいんだろう…。
作品名:②残念王子と闇のマル 作家名:しずか