②残念王子と闇のマル
一斉にドッと笑い声が起き、それまで厳粛だった雰囲気が和んだ。
私も思わずその笑い声に紛れて小さく吹き出すと、カレンがチラリとふり返り、赤い顔で睨んでくる。
『しかし』
王様の声がすると、一瞬で、再び謁見室はシンと静まり返った。
『送られてきた手紙を見る限り、きっと聡明な王子なのだろうと思っておったが』
言いながら、王様が玉座から降りて来る。
『まさかこのように美しく、清らかな王子とまでは想像していなかった。』
そしてカレンの前に膝をつくと、その手を取って握った。
『知りたいことは、教えよう。自由に見聞を広め、心行くまで滞在されよ。』
気さくな王様にカレンも、いつものカレンらしい輝く笑顔で応える。
『はっ。ありがとうございます。では、早速ですが…。』
カレンはそれから、その場に同席している大臣なども交え、視察場所の約束の取り付けや予め用意していた質問をし始めた。
その様子を離れたところから微笑ましく眺めていると、王妃様が傍へ来られる。
『おまえは、従者か?』
香りの都の言葉で話しかけられた。
『はっ。』
頭を垂れて返事をすると、王妃様は立ったまま斜めに私を見下ろす。
『カレン王子は婚約者を伴って、二人で国を出たと聞いていたが、婚約者殿はいずこか?』
(!)
私は少しの間、逡巡したけれど、顔を上げて王妃様をまっすぐに見上げた。
『はい。私がその婚約者であり、従者でもあります。』
そんなことはわかっていたというような冷めた目付きで、王妃様が私をジッと見つめてくる。
『私は花の都の第一王女、麻流と申します。我が祖国は忍の国として知られておりますが、王族の中からも身体能力に長けた者が忍を継いでおります。私はそのひとりに選ばれ、以来、カレン王子の専属従者として勤めて参りました。その中で、縁あって先日、王子の婚約者と内定致しましたが、この外遊中は警護もおりませんので、移動中は従者として控えておりました。』
一気に申し述べると、王妃様がこちらを見下ろしたまま扇子で口許を隠す。
『では、今現在おまえは王女でもなく、婚約者でもなく、ただの従者であるというのね?』
(…。)
言われた言葉の真意が掴みにくかったが、私は首を小さく左右にふった。
『いえ…。』
『では、婚約者としての役目を果たすというのか、その顔で。』
(!)
私は腫れた頬を隠すように、頭を下げる。
『こ…れは、道中の事故にて…』
『再度、問う。おまえは、この都滞在中も、従者として控えるのか?』
私の事情を聞く気はないというように遮って、王妃様が私を見下ろした。
『は…、仰せのままに。』
王妃様はひやりとする視線をこちらへ流すと、そのまま女官を引き連れて私の前を通りすぎる。
なにか薄ら寒い予感がするけれど、私はただ頭を下げるしかできなかった。
(つづく)
作品名:②残念王子と闇のマル 作家名:しずか