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心理の挑戦

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              お前を見た

 橋爪こういちは、二十年前馴染みの喫茶店を作り、仕事の帰りにのんびり過ごすことを覚えた。馴染みの喫茶店というのは、会社の近くにある商店街の外れから、少し入ったところにあった。
 会社から最寄りの駅までは、商店街を抜けていくことになる。その商店街は、かなりさびれてしまっていて、会社の事務所がこの辺りに移ってきて二十年になるが、その頃から比べると、散々たるものだった。
 二十年前はまだ賑やかで、昼の街と、夜の街の二面性を持っていた。
 昼間は、
「この商店街に行けば、とりあえず何でも揃う」
 と言われていたほど、惣菜屋さん、八百屋さん、肉屋さんから始まって、文房具屋、靴屋、百円ショップまで揃っている。ブティックも何軒かあり、帰宅途中のOLで賑わっていた。
 この界隈は、都心部からは少し離れていて、一種のベッドタウンとして発展した地域だった。駅前から少し入ったところにある商店街は、アーケードが百メートルほど続いていて、店の数もそれなりにあった。
 当然、同じ職種の店もたくさんあり、競合すると思いきや、二十年前は相乗効果で集客があったようだ。
 しかし、新興住宅地の近くに郊外型の大型スーパーができたことにより、商店街は大きな打撃を受けた。商店街の奥にスーパーがあったが、二十年前までは共存共栄の精神でうまくできていたのに、郊外型店舗ができたおかげで、最初に打撃を受けたのが、商店街の奥のスーパーだった。
 軒を連ねる店舗は、その煽りを受け、零細企業としては、店を閉めるしかなかった。昼間でもシャッターが開いているところはどんどん少なくなり、アーケードに人の姿がたくさん見られるのは、商店街が開店前の通期ラッシュというのだから、実に皮肉なものである。
 昼の街も悲惨だったが、夜の街もさらに悲惨だった。
 日が暮れて、店舗のシャッターが閉まり始めると、今度は怪しいネオンが、暗闇の街を彩るようになる。
 スナックやバーなどの飲み屋街に、その奥にはさらなる怪しげなネオンに照らされたキャバクラや、風俗の店が点在していた。仕事帰りのサラリーマンや、大学生などが通ってきていた。最初は怪しげなネオンに惑わされたいようにしていたが、一度嵌ってしまうと抜けられなくなったという人の話も聞いたことがあった人は、なるべく、夜に怪しげな路地に入らないようにしていた。
 そんな夜の街も今ではほとんどのお店が店を閉じていた。
 できる時は、一気に店が増えていたり、昨日まで違うお店だったのが、いつの間にか変わっていたりするのが当たり前のところだった。
 しかし、なくなる時は早いもので、
「まるで夜逃げ」
 と思わせるほどであり、
「蜘蛛の子を散らすように、人もいなくなってしまったな」
 と感じた。
 もっとも、街で廃れたのは、商店街に軒を連ねる店が先で、夜の街には影響がなかった。しかし、風営法と呼ばれる法律が厳しくなり、なかなか店舗を出す許可が出なかったり、警察の検挙も重なったりで、徐々に廃れていった。
 それでも、細々とやっている店も多かったが、決定的な打撃になったのは、さびれる少し前、この街や都心を含むこの都市に、オリンピック招致の話が出てからだった
 オリンピック招致には、健全ないエージが必要だとして、徹底的に風俗撲滅の機運が高まり、警察の検挙や、今までは大目に見てもらっていたことも、すべて違法だとして検査が厳しくなったことで、客は遠のいていき、店も警察に睨まれたまま商売が成り立たなくなってしまった。
 あっという間に百軒以上あった店のほとんどが潰れ、風俗のあった路地にはゴミだけが残された。
「こんな理不尽なことって」
 と、オーナーや従業員は感じたことだろう。
 オリンピック招致の話も、結局は全国から名乗りを上げた候補地との予選に敗北し警察の嫌がらせを受け、店を畳むことになってしまったのか、まったくの無駄ではなかったか。路地の惨状を見れば、その悔しさを忘れることはないだろう。そんな商店街の歴史をずっと見てきた喫茶店が、商店街の外れにあった。
 昔からある喫茶店なので、昭和の香りを醸し出す。アンティークな雰囲気のお店だった。
 元々はランチに立ち寄っていた。入社して三年目での事務所移転だったが、普段立ち寄ったこともなかったこの一帯は、まったく知らなかった。
 最初の頃の昼食は、商店街にある惣菜屋から出来合いのものを買ってきて、事務所で食べたり、近くの公園で食べたりしていた。そんな時はいつも一人で、昼休みの一時間を持て余していたのだ。
 そんな時、先輩社員から誘われて立ち寄ったのがこの喫茶店。
「おい、橋爪君。今日は昼めし付き合ってくれ」
 と言われて初めて来てみたが、もう少し行けば住宅街に入りそうな場所で、
「こんなところに喫茶店なんてあるんですね?」
 と言ったのを覚えている。
 その頃あたりというと、喫茶店というよりも、パン屋さんが設けている喫茶コーナーのようなところか、ハンバーガーやドーナツ屋さんのようなお店に立ち寄る人が多かったので、昔ながらの喫茶店は、なくなりかけていた時期でもあった。
 確かに、商店街のような場所の奥に喫茶店があるというのは不思議ではないが、商店街から外れて、その先には住宅地になっている場所に、一軒の喫茶店があるなど、なかなか気が付かない。表に置いてある看板がなければ、思わずスルーしてしまうかも知れない。店の前に駐車場があるわけではなく、商店街共通の駐車場の一角を借りている形になっていた。
 表は、普通の建物だった。
 とはいえ、少なくなってきた喫茶店なので、まわりの雰囲気に馴染んでいるように見えるのも、どこか不思議な感じもした。隣にはビジネスホテルがあるが、あまり宿泊客もいないようだった。
 そんな場所に位置している喫茶店だが、ランチタイムはそれなりに集客があった。十二時十五分を過ぎてから行くと、すでにカウンター席も空いていないほどの賑わいで、カウンター内での従業員は忙しそうに振舞っている。
 この店はコーヒーにはこだわりがあるようで、サイフォンセットもいくつか置かれている。たまにコーヒー豆だけを買いに来る客もいるらしく、先輩もたまにコーヒー豆を買っていくと話していた。
 初めて店に入った時も、テーブル席は満席で、カウンターも半分は埋まっていた。
 店内を物珍しそうに見渡す橋爪を見ながら、先輩はニコニコしていた。そして、ママさんに、
「こいつ、僕の後輩で橋爪君というんだけど、今後ともよろしくお願いします」
 と紹介してくれた。
 ママさんは、白髪が混じっていそうなパーマ頭の小柄な女性で、この店をずっと守ってきたおいうイメージがすぐに湧くほど、落ち着きが感じられた。
「ええ、こちらこそよろしくね」
 この店のランチタイムは、ほとんどが日替わりランチの注文だった。
 他にもメニューはあるにはあるが、ランチが破格と思えるほど低価格だった。他のメニューは別に高いわけではないのだが、ランチタイムに見ると高価に見えるほど、価格に差があったのだ。
――これだったら、惣菜屋で買ってきたものを食べるようなことをしなくても、最初からここに来ればよかった――
 と思った。
作品名:心理の挑戦 作家名:森本晃次