平安の月
最終章
楓と光は年頃になり、それぞれに縁談が持ち上がった。
特に、楓の気品と美貌はあたりの村にまで評判となっていた。そして、身分の高い家からもいくつか話が舞い込んだ。佐兵衛は残念がったが、笹は、それらの話をことごとく断った。自分らの素性が知れるのを恐れたのはもちろんだが、そのような屋敷での暮らしが、どれほど空しいものであるかを、笹はよく知っていたからだ。あのような世界に娘を嫁がせることだけは、絶対に避けたかった。
そして、この家と身分相応の相手が見つかり、ホッとすると同時に、仲睦まじきその様子をみて、笹は、自分がいつのまにか歳をとってしまったことを感じずにはいられなかった。
(自分は女としてはもう終わってしまったのだろうか……)
あの若者を想うことが許されないのであれば、もうそれでもいいと思った。
やがて娘たちは嫁ぎ、それを見届けるように佐兵衛は天寿を全うした。そして、笹はひとりになった。実家の両親も、もうこの世にいないかもしれない。五歳の楓の手を引いて実家を出て以来、とうとう一度も帰ることはなかった。
淋しい暮らしの中で、縁側から眺める月だけが笹の慰めになった。昼の陽の光より、夜の月明かりの方が笹には心地よい。そして今でも若者の姿を月の中に探していた。
《我が想い 君に届きし幸いを 今宵も月に 願い涙す》
笹は三十五歳になっていた。この歳になり、初めて自由の身となった。佐兵衛の残してくれた蓄えで充分暮らしていけたが、笹を頼る村人たちのため、薬草作りは続けた。