未来の花
晴れた空の下で彼らを見送り、一人になって診療部屋に戻ってから、カジェリンは昨日のことを思い返した。
——近くにいる人間の未来を垣間視る能力は、物心ついた頃にはすでに発現していた。幸いだったのは、当時から能力の発動はめったに無かったこと、悪い未来よりも良い未来を知る場合の方が多かったことである。カジェリンが視るものは全て必ず現実になった。
昨日あの時に視えたのは、一組の男女——今よりもずっと大人びたアディと、傍らに立つ若い娘。どちらも二十歳を超えていると思われた。
二人とも、とても幸せそうな笑顔を互いに向け合っていた。その様子から、彼らが愛し合っているのは疑う余地がなかった。
花が咲くような笑みを浮かべる娘は、はっとするほど美しく、それでいて、小さな野の花のように可憐で慎ましやかな雰囲気も備えていた。
視た詳細は黙っておいたが、いずれ愛せる相手に出会えることは、能力を打ち明けた上で確約した。カジェリンの真剣さに、アディは「あんたがそこまで言うならあり得るかもな。——まあ、期待せずに待っとくことにする」と少々可愛くない言い方で返したが、表情は一気に和らいでいた。
互いの一番重い秘密を語り合ったことが、彼の心の頑な部分をかなり解きほぐしたようだった。同じ種類の悩みを持つ連帯感もあったかも知れない。
カジェリンもまた同じように感じていたし、それがもたらす温かな感情に、久しく遠ざかっていたある種の充足感も覚えていた。
患者は誰もが、自分の家族なのだと考えて接してきた。アディに対しても最初からそうだったが、今は思いがより深い場所へ踏み込んでいて、半ば以上本心から、彼を弟か息子のように——正確には、両方を合わせたような存在として認識しつつある。
……そして、ずいぶんと久しぶりに、結婚していた頃に思いを馳せた。別れは辛いものだったけど、それまでの月日を幸せに過ごせたのも確かだった。夫とその家族を愛していたのは間違いないし、彼らも自分を確かに愛しんでくれていたから。
昨日視えたあの二人が現実になるまでには、アディの年格好から考えて、もしかしたら十年ほどは年月が必要かも知れない。先は長そうだが、一日でも早く、その日が来てくれればいいと思う。
彼には、本当に想い合える相手と、想い合うことの喜びと幸福を必ず手に入れてほしい。姉のような母親のような気持ちで、カジェリンは心からそう願った。
- 終 -