①残念王子と闇のマル
忍び寄る影
私と王子は、宿の部屋で揉めていた。
「も~、頑固者!!」
王子が珍しく、声を荒げる。
でも、私も譲れなかった。
「私が持ってきた寝袋です。なので私が寝袋で寝ます。王子と違って、慣れてますし。」
王子がぐっと言葉を飲み込み、口を尖らせる。
「…王子じゃない…。」
不満げに呟いたと思ったら、くるっと私に背中を向けて腕を組んだ。
「もういい。わかった!」
王子はそう言うと、ベッドへ歩いて行く。
私はそんな王子の後ろ姿から目を逸らすと、寝袋へ入った。
首の下までボタンを閉じたところで、王子が素早く寄ってきて、そのまま私を抱き上げる。
「…な!」
逃れようと暴れるも、イモムシのように体をくねらせるしかできず、王子の力に敵わない。
私はそのまま、ベッドへ連れていかれた。
「そんなに寝袋で寝たいなら、そのままここで寝な。」
私をベッドへそっとおろすと、王子は私の隣に横たわり灯りを消す。
そしてそのまま私に背を向けて、布団をかぶった。
私はそんな王子の広い背中をジッと見つめたけれど、何て声を掛けてよいかわからない。
(王子、怒ってる…。)
今までだったら、王子が怒っても気持ちを切り替えられていたし、嫌われても傍にいられるなら構わないとさえ思っていた。
でも、今は気持ちを切り替えることも嫌われることもできない。
(謝る言葉さえ、見つからない…。)
王子の愛情を一旦受け取ってしまうと、こんなにも失うことへ臆病になってしまうのだ。
私が迷っているうちに、王子の静かな寝息が聞こえてきた。
(もう寝ちゃった。)
疲れていたのだろう。
王子は約束を守って、あれ以来、私に必要以上に触れなくなった。
ケンカしたとは言っても、今もベッドの端ギリギリに寄ってくれている。
正直、クイーンベッドで王子と一緒に眠ることに不安があった。
きっと王子も、私のそれを感じたに違いない。
誠意を疑われた王子は、傷ついたのではないだろうか。
それでも、王子は私を責めず、気を遣ってくれている。
(うまく言えなくてもいい。明日、正直な気持ちを伝えて、謝ろう。)
私は寝袋から出て片付けると、王子の体をベッドの中央に向けて寝返りをうたせ、そっと動かした。
そして布団を掛けなおすと、その隣に潜り込み王子と向き合うように横たわる。
「ごめんね、カレン。」
私は王子の手を布団の中で握って謝った。
そして王子の美しい寝顔を見つめるとそっとその胸に頬を寄せ、優しい鼓動を聞く。
王子の温もりと穏やかな寝息に、私もいつのまにかうとうとと眠りについていた。
コト。
小さな物音に、意識が覚醒する。
私は飛び起きながら、懐の暗器を素早く取り出し構える。
王子を庇うように背中に隠しながら、辺りをぐるりと見回した。
(気配がしない。でも、空気の流れが違う。)
私は空気の流れが歪む箇所を探り当て、そこをめがけて暗器を打ち込んだ。
天井に暗器が刺さると、ようやく微かな気配が感じられる。
「カレン様、起きてください!」
私は枕元の忍刀に手を伸ばしながら、王子を揺り起こした。
王子は一瞬で覚醒すると、枕の下から短刀を取り出し私の隣に体を起こす。
「何者?」
その問いに、言葉が詰まる。
(これは、明らかに同族の気配…。)
でも、証拠を掴むまでは言えない…。
「わかりません。」
気配を完全に消せる…このレベルは普通の忍ではない。
上忍クラスだ。
上忍は、私のきょうだい以外では二人しかいない。
(けれどこれは明らかに…大浴場で感じたあの気配も…いや、でもまさか…。)
私が戸惑っているうちに、空気の流れが正常になる。
「…消えました。」
私が忍刀を鞘におさめると、王子も短刀をしまう。
そして軽く息をつくと、私の頭をポンポンと撫でてくれた。
「ありがと、マル。おつかれ。」
眠る前のケンカが嘘のように、柔らかく微笑んでくれる王子に、私は向き直るとベッドに手をついて頭を下げた。
「カレン様、申し訳ありませんでした。」
王子が目を丸くして、私を見る。
「カレン様の誠意を信じきれず、傷つけてしまい…本当に申し訳ありません。」
私がベッドに額をこすりつけながら謝ると、王子が私の頭をそっと撫でてくれた。
「色々やっちゃったからね、僕が。そりゃすぐに安心なんかできないよね。」
柔らかな声色に、私は恐る恐る顔を上げた。
すると、王子はベッドについている私の手を握って小首を傾げる。
「反省してたんだ、僕も。そこまで不安にさせてしまった、ってことに改めて気がついてさ。」
そしてその澄んだエメラルドグリーンの瞳で真っ直ぐに私を見つめて、真剣な表情で頭を下げた。
「マル、本当にごめん。」
王子はその美しい額に皺を寄せて、目を伏せる。
「僕のせいでマルの心身に疲労が溜まることが、僕は一番怖いんだ。だから…絶対なにもしないって誓うから、たとえ宿にベッドがひとつしかなくてもちゃんと隣で一緒に寝んで?」
私は王子の手を握ると、その手を持ち上げ、甲にそっと口づけた。
「心配を掛けて、すみません。」
王子が昼にしてくれた謝罪の口づけを私が真似すると、王子の顔がみるみる間に赤く染まっていく。
「ずるいよ、マル。そんなことされたら…」
言いながら、王子は私から手を離すと、そのままベッドへ横たわる。
「もう寝るよ。明日早いし!」
こちらへ背を向けてしまった王子に、不安が募った。
(やっぱり、まだ怒りはおさまらない?)
涙がじわりと瞼を濡らす。
私は王子の方を向いて、ベッドに横たわった。
そして、その背中へ手をついて頬を寄せる。
「もう、信じてますから。」
そう囁くと、王子の背中がみるみる間に熱くなり、少し汗ばんできた。
「カ…」
「マル、これは何の苦行かな!?」
(え?)
見れば、王子の耳は真っ赤になっていて、首筋に汗が流れている。
私は慌てて手元のタオルでそれを拭うと、王子は身を縮めた。
「もうやめて~マルっ。理性にも限界がっ!」
「!!」
突然、王子は起き上がると、そのままトイレへ駆け込んだ。
(なんだ、トイレを我慢してたのか。)
私はベッドに座って、王子が出てくるのを待った。
(長いなぁ…)
王子がトイレに入って、10分が経過していた。
(具合でも悪いのかな?)
心配していると、王子がようやく出てきた。
「わっ!マル!」
トイレから出た瞬間、私と目が合うと
飛び上がって驚く王子。
「大丈夫ですか?具合が悪いならお薬ありますよ。」
ベッドから降りて王子の腕に触れようとすると、王子がサッと距離をとる。
(え?)
「…あっ。」
王子が小さな声を漏らし、ばつが悪そうに私から顔を逸らした。
「ごめん…ちょっと…話そうか。」
王子は私の前を横切ると、そのままベッドへ腰かける。
私もその隣に腰をおろした。
「…。」
王子は前屈みに座ると、俯いたまま黙りこむ。
「…あの…。」
言いかけて、また黙る。
「…あのね、マル。」
手を何度も組み直しながら、こちらを見ずに言う姿に、私は不安になってきた。
作品名:①残念王子と闇のマル 作家名:しずか