①残念王子と闇のマル
王子のそばにいる資格
「なんで同室なんですか?」
宿の室内に、私の冷ややかな声が響く。
「だってお金もったいないじゃん。これからどんだけかかるかわかんないのに、削れるとこは削らなきゃ。」
ごもっともなことを王子が言うけれど、王子らしからぬ発言に納得いかない。
「…。」
節約と言う割りに、ベッドはクイーンサイズ。
宿のレベルも中の上。
「…もうひとつランクを落とせば、同額で2部屋取れましたよ。」
すると、王子は驚いたように私を見る。
「さすが詳しいんだね、マル!」
そしてにっこりと美しく微笑んだ。
「でも、別室は得策じゃないよ。二人でいたほうが、お互い守りやすいじゃない。この旅は基本、目的の国に入るまでいつもお忍びなんだし。」
(まあ、そうかもしれないけど。)
「せめてツインで取れば良かったんじゃ…。」
「ツインて何?宿の人が僕たち見て、この部屋って勧めてくれたんだけど…。」
そう言う王子を見れば、見るからに世間知らずそうなお金持ちのお坊っちゃま。
(次からは任せないでおこう…。)
私はため息をつくと、荷物から寝袋を取り出した。
「わかりました。」
言いながら寝袋を広げると、王子が目を丸くする。
「それ、なに?」
寝袋を物珍しげに触ってくる王子に、私はいたずら心がわいて、にやりとした。
「野宿用の簡易布団なんですが、…入ってみます?」
とたんに王子の瞳が輝く。
「おもしろそう!!」
広げられた寝袋に、いそいそと入る王子。
ボタンを閉じると、整った顔だけが緑色の袋から出ていて、想像以上の可愛さに私は吹き出した。
お腹を抱えて大笑いする私を、王子がキョトンとした顔で見ている。
でも、そのうち王子も嬉しそうに笑った。
「マルが笑ってくれると、嬉しいなぁ。」
その純粋無垢な笑顔に、私の心がまた浄化されていく。
二人で柔らかな笑顔を交わすと、王子が寝袋から出てきて、私の前にあぐらをかいて座った。
「マル、僕はマルの気持ちをちゃんと考えるから、安心して。」
言いながら、私の手をそっと握る。
「とりあえず、宿のお風呂に入って、二人でご飯を食べて、ゆっくり休もう?」
エメラルドグリーンの瞳は優しさに溢れていて、心の底から癒される。
私も微笑むと、そっと王子の手を握った。
「はい。」
(こんなに幸せで、いいの?)
人並みの幸せを望んでいなかったせいだろうか。
幸せを感じる度に、なぜだか不安がわきおこる。
「マル、どうした?」
私の表情が曇っていることに気がついた王子が、顔を覗きこんできた。
私は慌てて笑顔を作ると、王子と二人で手を繋いで、宿の大浴場へと向かった。
「じゃあ私が荷物番をしておきますので、先に王子」
突然、王子に口を塞がれる。
「やっぱ、カレンって呼んで。こういうとこで『王子』はまずくない?…もう国境だし。」
王子が顔を近づけて、囁く。
(ごもっとも…。)
「…ですね…かしこまりました。」
私は息苦しいくらいに高鳴る鼓動を無理矢理落ち着かせようと、軽く咳払いをした。
「カレン様、先にご入浴ください。」
王子はスッと瞳を細めて私を見ると、腰に手を当てて大きくため息を吐く。
「『様』ね。」
そしてジッと私を見つめてきた。
お互いに暫くジッと見つめ合う。
「…ご不満なようでしたら、ピーマンって呼びますよ。それなら呼び捨てにできますから。」
静寂を破ったのは、私の毒舌だった。
王子は口をへの字に引き結ぶと、頬を膨らませて大浴場へ入っていった。
私は王子の荷物を抱えると、天井を仰いでため息を吐く。
(ほんとは、ピーマンじゃないってわかってますよ、カレン。)
心の中で呼んでみて、想像以上に恥ずかしくなり、ひとり悶えながら王子の荷物に顔を埋めた。
すると、王子の香りが空気と共に私の体へ入ってくる。
(いい香り。)
愛しくてときめくけれど、心がとても落ち着く…。
私は再度、王子の荷物に顔を埋め深呼吸しながら、ハッとした。
(待って、これって…!)
慌てて預かった荷物を広げてみる。
すると案の定、風呂敷に包まれていたのは王子の着替えだった。
「お…カ、カレンさ」
私が焦って立ち上がるのと同時に、王子が大浴場の入り口からひょこっと顔を出した。
「マル、着替え!」
そういう王子は、タオルを一枚腰に巻いただけの裸だった。
濡れ髪姿の王子はいつも以上に艶っぽく、信じられないほど美しい。
「!!!」
私はそのまま手に持っていた荷物を取り落とし、王子に背を向ける。
「え~、持ってきてくれないの!?」
王子の不満そうな声が聞こえるけれど、私はぶんぶんと左右に首をふって顔を覆った。
「無理です!ごめんなさい!!」
すると、ふわっと暖かくて甘い香りが近づいてきて、荷物を拾う気配が背中でする。
「毒舌なくせに純情なんだから~。」
笑いを含んだその声の主は、私に触れることなく去って行った。
私はそのまま壁に体を預けて、ずるずるとへたりこむ。
自分の荷物を抱きしめて、熱く火照った顔を隠す。
(胸が、苦しい。)
その時だった。
見覚えのある影が、私の視界の隅を横切る。
それは一瞬のことで、ふり返ってももう姿は確認できなかった。
(…まさかね。)
「マ~ル♡」
後ろからキュッと抱きしめられ、私はとびあがった。
強ばった表情でふり返ると、王子が戸惑った顔で両手をパッと離す。
「…ごめん。」
ひどく反省して落ち込んだ様子の王子に、私は慌てて言い訳した。
「ち、違うんです!今のはおう…カ…カレン様は何も悪くないんです!!」
私のあまりの剣幕に、王子は戸惑いつつもニコッと笑顔を作ってくれる。
「…そ。とりあえず、マルも入ってきな?番しとくから。」
私は頭を下げて、逃げるように大浴場へと向かった。
(ダメじゃん、私!なんでこんな腑抜けになってんの!?忍として失格じゃん!!ひとつのことにとらわれて、王子の気配に気がつかないなんて!!!)
自分自身の変化に私はついていけず、不安でいっぱいになる。
(父上…。父上に会いたい。)
父上は、母上を愛したときにどうなったんだろうか。
忍として、ダメにならなかったんだろうか。
(忍として無能になったら、王子のそばにいる資格がなくなる…。)
王子の愛が、いつまで続くかわからない。
そこに頼っていては、愛がなくなってしまった時に、王子のそばにいられなくなってしまう。
たとえ王子が心変わりしてしまったとしても…かわらずそばにいたい。
私は唇を噛み締めると、両手で頬を思いきり叩き、自身に気合いを入れ直した。
作品名:①残念王子と闇のマル 作家名:しずか