①残念王子と闇のマル
私の言葉を王子が遮った。
「そんなこと、許さない。」
私を覗きこむエメラルドグリーンの瞳が、熱を帯びる。
「いざという時は、二人で力を合わせて切り抜けるんだ。これからはなんでも二人で…でしょ?」
そこまで言うと、王子は私の唇をふさいだ。
啄むような軽い口づけを、角度を変えながら繰り返す。
「マルが何て言おうと、もうマルは従者じゃない。忍でもない。花の都の王女だよ。僕と肩を並べて歩く、恋人だよ。」
王子は口づけをやめると、ジッと私の瞳を覗きこんだ。
その瞳は乞うような、切実な光を宿している。
「隣を歩いてくれないの?マル。」
(王子…。)
私は全身が熱くなりながら、小さく頷いた。
「先程も申し上げましたが、公的な場でない時は、王子の隣を…」
「カレンだよ。」
王子は私の頬を、掌でそっと撫でる。
「王子って呼ばないで。カレンって呼んでよ。」
王子の熱い掌に、更に鼓動が高まり全身が焼けるように熱くなった。
私はその熱を振り払うかのように、頭を強く左右にふる。
「…呼べません。」
私が掠れた声で言うと、王子はそのエメラルドグリーンの瞳を大きく見開いた。
「隣を歩かせて頂くだけで…精一杯です。そんなにたくさん、要求しないでください。」
王子の瞳から視線を逸らすと、王子が大きく息を吸い込むのが聞こえる。
そして大きく息を吐きながら、荒々しく抱きしめられた。
「…んだ、そういうこと。」
言いながら、唇を重ねられる。
「拒絶されたかと思って、すんごい不安になったじゃん。」
王子は軽く首をふって、私の唇を割った。
そして舌を滑り込ませてくる。
「半年…ほったらかしたから…もう気持ちが冷めたのかと…」
音を立てながら、荒々しく舌を絡ませる王子は、途切れ途切れに愛を囁いてきた。
「マルも…僕を好き?」
訊ねられるけれど、その口づけの激しさに私は翻弄され、答える余地がない。
力強く抱き締められて身動きできない中、私は隙をついて王子の腕の中からするりと抜け出した。
突然、私がいなくなって王子は呆然としている。
その様子を、近くの樹の上から見下ろしながら、私は呼吸と心を落ち着けていた。
「マル!」
王子が木の上を見上げて、私を探している。
「マル、なんで逃げるの!?」
王子はその美しい金髪で陽の光をキラキラと弾きながら、私を必死で探していた。
「やっぱり…もう冷めたの?」
気持ちと呼吸が落ち着いた私は、泣きそうな声の王子にきちんと気持ちを伝えたいと思い、リンちゃんの背中に飛び降りる。
「マル!」
王子が切ない表情で、私をふり返った。
「王子。私…王子のことが好きです。」
私の突然の告白に、王子が大きく目を見開く。
「王子のことが、ずっと大好きです。これからも、気持ちが冷めるなんて絶対にありません。」
私は胸の前で両指を組み、祈るように王子を見つめながら言葉を続けた。
「王子のそばにさえいられれば幸せで…けれど王子はいずれ、どこかの姫を迎えられる。…その時に自分が辛くならないように、性別を隠して、嫌味を言ったり辛辣に接したりして、王子に近付きすぎないようにしてきました。」
王子が、口をへの字に引き結ぶ。
「…まさか…王子から愛してもらえるなんて、思いもしませんでした。」
私は両掌を拳にして、ギュッと握った。
「だから、王子に愛してもらうたびに、嬉しいしこの上なく幸せなんですが…心が追い付かないんです。」
王子は星から降りると、リンちゃんの背中に立つ私に手を差しのべる。
戸惑う私に、王子は穏やかな瞳でにっこりと微笑んだ。
「何もしないから、降りておいで。」
私は恐る恐る王子の手を取ると、音を立てずに地面に降り立つ。
王子は私の前に跪くと、そっと右手の甲に口づけた。
「マル、ごめん。」
私を見上げるそのエメラルドグリーンの瞳は、切なく揺れている。
「僕の気持ちばかり押し付けて、ごめん。全然、マルの気持ちを考えてなかった。」
言いながら、左手の甲を握り、そっと口づけた。
「これからは、マルの気持ちを考えるように気を付けるよ。だから。」
王子は泣きそうな表情で私を見上げる。
「だから、消えないで。…気持ちは、できるだけ言葉にして。僕が何かしてしまったら、消えるんじゃなくて、どうしたらいいのか教えて。」
王子の手が、小刻みに震えている。
私は気がつくと、王子の頭を胸に抱きしめていた。
「ごめんなさい。これからは、そうします。きちんと言葉にして、お互いが居心地の良いようにしていきます。」
私が言うと、王子がギュッと腰に腕を回して抱きついてくる。
「マル…胸、硬い…。」
(…ん?)
「鎖帷子がダイレクトに当たる…。」
「はっ!!」
私は慌てて、王子から手を離した。
でも、王子はキュッと抱きついて、離れない。
頬を胸に寄せて、目を瞑る。
「ほら、鎖帷子のせいでマルの鼓動も聞こえない…。」
そして腰に抱きついたまま、私を上目遣いに見上げた。
「なんかこいつにマルを盗られてる気がして、嫌い。」
(よっぽど気にくわないんだな、鎖帷子。)
私は小さく笑うと、王子の頭をそっと撫でた。
「わかりました。明日からは、着ません。」
「やった!」
王子は即座に立ち上がると、私の手を引く。
「さ、余計な時間くっちゃった!宿まで急ぐぞ~!」
そして二人でそれぞれの愛馬に跨がり、国境の宿場町まで急いだ。
作品名:①残念王子と闇のマル 作家名:しずか