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第五章 騒乱の居城から

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 俺は唇を噛む。事情があったんだ、とか周りは言っているけど、そんなのは俺からしてみれば詭弁でしかない。
「で、正妻とは冷え切った関係だと信じていた愛人――俺の母さんは、裏切られたと鷹刀を出ていこうとした。そこを慰めたのが、俺の親父――総帥イーレオ、ってわけだ」
 ――と、奴が続ける。
 ルイフォンも父上も、祖父上の子供だから、ふたりは異母兄弟になる。
 だから、ルイフォンは俺にとって『叔父』。けれど俺たちこそ、限りなく異母兄弟に近い。
 ルイフォンは満面の笑顔を浮かべた。
「俺、ずっとお前に逢いたいと思っていたんだぜ! で、今日やっと、母さんが〈ベロ〉のメンテナンスについてきていい、って」
 普段、奴は母親と屋敷の外で暮らしている。だから存在は知っていても、今まで奴と顔を合わせたことはなかった。
「何故だ? 何故、俺に逢いたいなんて言う?」
 奴の母親からすれば、俺は憎き正妻の子だ。しかも俺が原因で、父上から祖父上に乗り換えた尻軽女と言われている。奴の家で、俺が良く言われるわけがない。
 俺の周りだって、奴の母親を敵視している。ただ、彼女の持つコンピュータ技術があまりにも優れているから総帥が手放さないだけだ、と軽んじられている。
「……? 俺がお前に逢いたいと思うのに、なんか細かい理由が必要なのか? お前に興味を持った。だから逢いたいと思った。それじゃ駄目なのかよ?」
「興味、ってなんだよ? 俺もお前も『親どもの痴話喧嘩の副産物』だ、とでも言いたいのか!」
 吐き出すように俺は言った。
 俺たちは、望まれて生まれてきた兄上とは違う。優秀な兄上がいるのだから、俺は必要なかったのだ。なのに、父上も母上も俺に優しい。それがかえって惨めだ。
 ルイフォンは、きょとんとしていた。
 奴の無垢ともいえる幼い顔立ちに、罪悪感を覚えた。こんな餓鬼に当たるなんて、どうかしている。チャオラウから、たったの一本も取れなかったことが尾を引いている。
 そう思ったときだった。
 不意に――。
 ルイフォンが、にやり、と目を細めた。
 それは確かに笑顔だったのだが、俺は思わず後ずさった。そういう笑みだった。
「なるほど! いいな、それ! 面白い」
「な!? 何がだよ!?」
「俺たちは、予定外のイレギュラーってことだよ。何かを期待されていたわけじゃないなら、この俺が実力を見せつければ見せつけるほど、周りは驚愕に打ち震える、ってことだ!」
「はっ!?」
「だって俺たち、存在が計算外の『痴話喧嘩の副産物』なんだから!」
 ルイフォンは、青空の如く爽やかに笑った。清々しいほどの声が、初夏の風に溶けていく。
 十にもならない子供が、身も蓋もないことを鮮やかに言い切る。俺の心の澱(おり)を吹き飛ばすかのように……。


 数年後――。
 ルイフォンの母親が死んだ。
 奴と一緒に暮らしていた、奴の異父姉――かつ、俺の異母姉である姉は、既に家を出ていたから、奴はひとりきりになった。
 奴は落ち着くまで、シャオリエ様のところに身を寄せることになった。
 俺はというと……父上のあとを継ぐことになっていた。
 一族の期待を一身に背負っていた兄上は、鷹刀を出ていってしまった。
 幼馴染の一族の女を娶り、これで鷹刀も安泰、と皆が喜んだところに「彼女を表の世界で活躍させてやりたい」との爆弾発言。チャオラウとの勝負に正々堂々と打ち勝って、大手を振って行ってしまった。父上との折り合いの悪い母上も新居に招いたから、それなりに考えがあってのことだとは思う。


 シャオリエ様のところで再会したルイフォンは、別人のようになっていた。何処が、と問われると、上手く言えない。娼婦たちとの放蕩生活に溺れているのかといえば、それとも少し違う。
 ただ、曇天のような瞳をしていた。
「お前も知っていると思うが、兄上が鷹刀を出ていった」
 ベッドで半身を起こした状態のルイフォンに、俺は言った。
「母上も兄上についていった。今、屋敷にはお前を悪く言う連中はいない。いても、俺が黙らせる」
「……」
「屋敷に来い」
 今、ここにいるルイフォンは、本来の姿じゃない。俺は目の前にいる奴を否定したくて、思わず命令調になっていた。
「何故、来いと言う?」
 ルイフォンは、奴とも思えないような無表情な顔で、俺を見上げた。
「細かい理由が必要か? 俺がお前に来てほしいと思うから、迎えに来た。それだけだ」
 かつての奴の言葉を借りて、俺は言う。奴なら応えてくれると信じて。
 本当は、俺の片腕になってほしいと思ってやってきた。俺は兄上のような完璧な人間じゃない。でもルイフォンがいれば、なんとかなるんじゃないかと思った。
 奴は叔父で、でも弟で。
 それより何より、奴は『ルイフォン』なのだ。
「来いよ。――俺たちの力を見せつけてやろうぜ!」
 俺は奴に向かって右手を差し出す。
 奴は、俺の手と顔を交互に見比べ、それから前に垂らしていた自分の編んだ髪の先に触れる。そこには青い飾り紐に包まれた、金色の鈴が光っていた。
 奴の瞳が閉じられ、ひと呼吸置き……、再び開かれた。
「ああ、そうだな!」
 ルイフォンの拳が、俺の掌に打ち付けられる。
 そして――。
 青空の如く爽やかな笑顔が広がった。
作品名:第五章 騒乱の居城から 作家名:NaN