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第五章 騒乱の居城から

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 と、同時に、メイシアが上着を取り払った。気がそれていたハオリュウの手も、勢いのままに跳ね除ける。その瞬間、彼女は綺麗な顔を歪めた。が、口元をきゅっと結び、イーレオに駆け寄って上着を返した。
「お気遣い、ありがとうございます。私は大丈夫です」
 細い糸を爪弾(つまび)くような、儚い声。けれど、その糸は、見た目よりもずっと縒(よ)りの確かなものであった。
「そうか」
 イーレオが柔らかく笑う。心なしか嬉しそうな様子に、メイシアは「はい」と、はっきりと答えた。
「さて。まずは、俺の一族にひとりの死傷者も出さなかったことに礼を言う。皆、よくやってくれた」
 いつものように執務机につき、イーレオは椅子に背中を預けた。一族を守る慈愛の瞳で、一人ひとりの顔を確認する。
 そして、最後にハオリュウに目を向けたとき、イーレオは背を起こして、きちんと頭を下げた。さらさらとした黒髪が机の上に流れる。
「ハオリュウ氏にも、感謝申し上げる。庭で暴動が起きなかったのは、あなたのおかげだ。先ほどは余計なことを言ってしまったが、年寄りのたわごとと思って許してくれ」」
 改まったイーレオに、ハオリュウは戸惑った。この不思議な男は、留まることを知らぬ波のように、掴みどころがない。怒りをぶつけても、ゆらりゆらりと躱され、いつの間にかハオリュウが翻弄されている。
 ハオリュウが態度を決めかねているうちに、イーレオはまた、すうっと別の流れへと行ってしまった。
「今後のことを話し合いたいところだが、庭にいる警察隊の奴らを追い返すのが先決だ。緋扇シュアン、頼めるな?」
 突然、水を向けられたシュアンは、驚きに一瞬、言葉が遅れたが、すぐに三白眼を斜に構えた。
「イーレオさん、あんたまだ、俺がどうしてここにいるのか知らないはずだ。それを便利屋のように顎で使わないでほしいですね」
「エルファンが、お前を連れてきた。それで充分だ。俺は細かいことは気にしない」
「はぁ……」
 あっけなさ過ぎて、肩透かしを食らったような気分のシュアンであるが、ともかく彼の目的は達成できたようだった。
「イーレオさん」
 硬いハスキーボイスが響いた。流れをこちらへと、ハオリュウは呼び寄せた。
「僕は、凶賊(ダリジィン)が嫌いです。異母姉にも関わってほしくありません。けれど現在、僕が、僕の家のために取るべき選択は、あなたの協力を得ることだと思います」
 ハオリュウが頭を下げた。上質なスーツが、折り目正しく直線的に動いた。
「歓迎する」
 イーレオはそう言って破顔した。
 すかさず、「ならば父上、よろしいですか」と、イーレオとよく似た低い声が加わった。今まで後ろのほうで寡黙に控えていた、次期総帥エルファンである。
「庭で凶行に走って、リュイセンに叩きのめされた男がいましたよね。シュアンによると、あの男は正規の警察隊員なのですが、普段と様子が違ったとのこと。何か知っているかもしれません」
「ほう」
 イーレオが興味深げに相槌を打つ。
「ハオリュウの権力で、あの男の身柄を確保しましょう。あの男は貴族(シャトーア)の令嬢に銃を向けている。そこを突けば逆らえません」
「分かりました」
 イーレオが返答するよりも前に、ハオリュウが即答した。まだまだ信頼関係とはいい難いが、協力体制が整いつつあった。
 イーレオは、ふと、この場を引っ掻き回してくれた巨漢に目をやった。彼もまた、他の偽警察隊員たちと同じく、その巨体を自らの作った血の海の中に沈めていた。
「チャオラウ、すまんな。せっかく捕まえてもらったのにな」
 短く「いえ」と答える護衛にとっては、本当にたいした労力ではなかったのだろう。
 だが、情報源を失ったのは痛い。この巨漢こそ、何かを知っていたに違いないのだ。だから、敵を一掃してしまう〈ベロ〉の手を借りずに、チャオラウに捕獲を頼んだのだ。
<あら、その男は殺してないわよ?>
 唐突に、女の声が響いた。
「何……?」
<それなりの深手だけどね。だってイーレオが、その男を欲しがっていたでしょう?>
 初めて聞く、けれど聞き覚えのある、流暢な女声の合成ボイス。
<それと、指揮官も生きているわ。いくら屑とはいえ、警察隊員を殺しちゃうと、鷹刀の立場が危うくなりかねないもの>
 かすかな雑音と共に聞こえてきた音声に、イーレオはルイフォンに驚きの目を向けた。しかし、そこにあったのは、更に驚愕の表情をした息子の姿であった。
「……〈ベロ〉なのか!? 俺はそんな機能……! ……母さん、か……」
<ルイフォン、お前からすれば、『はじめまして』かしらね? お察しの通り、私は〈ベロ〉。キリファが作った……そうね、『プログラム』でいいのかしら?>
〈ベロ〉は艶(つや)のある声でくすくすと笑う。
「馬鹿な……。こんな柔軟に会話できるはずが……。いや、それより、この解析……判断能力……あり得ない……」
<自分が支配できないマシンがあるなんて、お前はきっと許せないでしょうね>
〈ベロ〉が揶揄するように言う。
<だけど、敵を全滅なんて処理は大雑把すぎだわ。もう手出ししないから、あとはせいぜい頑張りなさいね。ひよっ子に何ができるか。楽しみにしているわ>


作品名:第五章 騒乱の居城から 作家名:NaN