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第五章 騒乱の居城から

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 硝煙の臭いと、かすかに肉の焦げる臭い。
「誰だっ!」
 巨漢が叫んだ。その頬には、刀傷をなぞるかのような、新たな擦過傷があった。
 声に応じて、警察隊の濃紺の制服の中から、ひとりの男が現れる。
 彼は中肉中背のはずなのだが、大男たちの中に埋もれるように紛れていたので、随分と貧相に見えた。加えて、無理やり制帽で押さえつけた、精彩を欠いたぼさぼさ頭。しかし、斜に構えた三白眼は、鋭い眼光を放っていた。
「警察隊所属、緋扇シュアンだ。全員、動くな」
 彼は拳銃を構え、ぴたりと巨漢に照準を合わせた。彼の射撃の腕前に対して、巨漢は四肢を封じられている。巨漢の生命が、シュアンの手の中に握られた。
 シュアンは巨漢への警戒を怠らずに、「上官殿、大丈夫ですか」と、指揮官に声を掛けた。
「緋扇……!」
 血まみれの指揮官が喜色を上げる。
「上官殿の危機に馳せ参じました」
「あ、ああ……、よく、来て、くれた……!」
 少々扱いにくいが、いつも困ったときに突破口を開いてくれる、お気に入りの部下。どうやってここに来たのか分からぬが、ともかく助けに来てくれたのだと、指揮官は喜んだ。
「ご安心ください。鷹刀イーレオは逮捕しました」
 口の端を上げた悪相で、シュアンは優しげな声色を出した。
 失血のショックで意識がなかった指揮官は、現状を把握していないと彼は踏んだ。
 つまり、この言葉は――罠。
「よくやった!」
 指揮官の顔が安堵に染まる。シュアンは、その心の油断に、そっと囁く。
「あとは、上官殿に傷を負わせた憎き凶賊(ダリジィン)を捕らえるだけです。刀傷の男ですね?」
「そうだ!」
 その瞬間、シュアンの血色の悪い顔が満足そうに歪み、目には見えない狂犬の牙が光った。
「上官殿、あんた、その男を部下として連れ歩いていたぜ?」
 断罪を求めるようにではなく、あくまでも優しく誘うように――シュアンは奈落の底への道標を照らし出す。
「ここらが潮時だろ、上官殿。あんたが斑目とつるんでいる証拠なんか、俺はとっくに握っている。その傷も狂言そのもの。鷹刀イーレオが殺すつもりでやったなら、急所を外すわけがない」
「緋扇!? こ、この……! 恩を仇(あだ)で……! この狂犬め!」
「『狂犬』ね? ああ、あんたは散々、俺のことを便利な犬扱いをしてきたな。ならば、飼い犬に手を噛まれた、ってことでどうだ?」
 シュアンは、毒づく指揮官を氷のような目で一瞥すると、それきり興味を失ったように視界から外した。そして、この部屋の扉の方角に向かって、やや得意気に口角を上げる。
「ミンウェイさんよ、このカードはここで切るのが一番効果的だろう?」
 彼はそれだけ言うと、今度は壁のように立ち並ぶ大男たちを睨みつけた。
「お前らが偽の警察隊員だということは分かっている。武器を捨てろ。両手を頭の後ろで組むんだ。従わなければ、あいつを撃つ。お前らのボスだろ?」
 シュアンが巨漢を顎でしゃくる。
 だが、その巨漢から低い笑い声が響いた。
「構わん。お前ら、邪魔者を殺せ。すべて殺せ。鷹刀も貴族(シャトーア)も、このうるさい警察隊員も!」
「何っ!?」
 さすがのシュアンも目をむいた。ぎょろりとした目玉が飛び出しそうになる。
「私のことはどうでもいい。目的を果たせ」
 巨漢の哄笑。
 大男たちの、銃を構える気配。
「撃て!」
 ――と、巨漢が叫ぶと同時に、低く魅惑的なイーレオの声が執務室を貫いた。
「〈ベロ〉、殺(や)れ!」
 次の瞬間、無数の銃声が鳴り響いた。


作品名:第五章 騒乱の居城から 作家名:NaN