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第五章 騒乱の居城から

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3.冥府の守護者ー1



 幾つかの階段を上り、ルイフォンたちは執務室の扉までたどり着いた。
 彼らの前に立ちふさがる、大きく翼を広げた鷹の意匠。その羽の一枚一枚は刀と化している。一行の中で唯一、この扉を初めて見たハオリュウは、その細工の見事さに思わず息を呑んだ。
 先頭のルイフォンが振り返り、顔ぶれを確認する。
 ルイフォン自身と、異母兄エルファン、年上の甥リュイセンと、姪ミンウェイは家人であり、〈ベロ〉に登録済みである。
 メイシアは、貧民街で携帯端末を貸したときに、ルイフォンと同等の権限を与えた。メイシアの異母弟ハオリュウは、指揮官と話をつける必要があるから、ゲストアカウントを作るべきだろう。
 ルイフォンの目が、一番後ろからついてきた警察隊員シュアンに移る。
「エルファン、こいつも執務室に入れるのか?」
「ああ、使える駒だ」
 エルファンが短く答えた。その言葉を喜ぶべきか否か、シュアンは複雑な思いで鼻に皺を寄せた。
 そして彫刻の鷹が眼球を動かし、一堂を鋭く威圧する。各人の認証を終えた扉は、小さな機械音を立てて、皆を招き入れた。


 部屋に入った瞬間に感じたのは、異臭――。
 ハオリュウは、肌にぴりぴりとした感触を覚え、戦慄した。
 それは、彼と共に門から屋敷内に入った、身分詐称の凶賊(ダリジィン)たちに、警察隊の緋扇シュアンが贈った末路と同じ臭いだった。
 脳裏に、ほんの少し前に見た光景が蘇る。ミンウェイの心遣いを振り切り、彼が五感に刻み込んだもの……。   
 ハオリュウは、先頭にいたルイフォンを押しのけ、更に行く手を塞ぐように立ち並んだ、警察隊員にしては体格のよすぎる大男たちを掻き分け、最前列に躍り出た。
 彼の目に飛び込んできたのは、部屋のほぼ中央で、血溜まりの中にうずくまる恰幅のよい男。制帽の徽章と制服の装飾が他の者とは異なることから、すぐにその男が指揮官だと知れた。
「……これは……いったい、どういうことですか!?」
 高さの安定しないハスキーボイスが、甲高く響く。ひび割れた声は、そのまま彼の気持ちを表していた。
 ハオリュウの目的は、指揮官に警察隊の撤退命令を出させること――。
 警察隊は、貴族(シャトーア)の藤咲家の要請によって出動した。だから、藤咲家の人間が撤退を命じれば、たとえ腑に落ちないことがあろうとも、従わざるを得ないはず。もし歯向かうようであれば、ハオリュウは金でも権力でもなんでも、使えるものはすべて使ってでも引かせるつもりであった。
 そして、警察隊を追い払ったあとで、その恩も売りつけつつ、鷹刀イーレオとの交渉に移る――異母姉メイシアの身柄を藤咲家に引き渡させ、斑目一族に囚われたままの父の救出を依頼する予定であった。
 だが、今、彼の目の前にあるのは、血まみれの指揮官の死体。
 いったい、誰が……? ハオリュウの頭に疑問が浮かぶ。しかし、彼はすぐにそれを打ち消した。
 考えるまでもない。
 彼ら一行がこの部屋に入る前にいたのは、斑目一族の息の掛かった指揮官と、彼の率いる警察隊員たち。それから、凶賊(ダリジィン)鷹刀一族総帥と、彼の部下。たった、ふたつの勢力。
 ならば、指揮官を傷つけたのは、鷹刀イーレオ本人か、彼に命じられた部下のどちらかしかあり得ない。
 もう少しで丸く収まるところを、何故、事態をややこしくする? 鷹刀イーレオは、とんだ痴れ者だったのか? ――ハオリュウは、奥歯をぎりりと噛んだ。
 こんなことになるのなら、異母姉メイシアの願いなど聞き入れず、彼女は脅迫されていた被害者で、鷹刀一族は誘拐犯とするべきだったのではないだろうか。そして、心情的に許せないものがあっても、ここは割り切って、斑目一族の言うことをすべて聞き入れ、父を解放してもらったほうがよかったのではないだろうか……。
 ハオリュウは、執務室全体を見渡した。
 中央やや奥に、白いベッド。銃弾に撃ち抜かれた枕が、少し離れたところで無残に羽毛を散らしている。
 壁に掛けられていたであろう風景画が床に投げ出され、その隣にふたりの男――壁に背を預けたまま動かない、手錠をはめられた制服の巨漢と、その傍らに立つ、巨漢に匹敵する立派な体躯の凶賊(ダリジィン)。
 背後を振り返れば、さきほど彼が掻き分けてきた壁のような大男の警察隊員たちが、出口である扉を封じるように立っている。男たちの後ろに、ハオリュウと共に執務室までやってきた一行。卒倒しかけながらも持ちこたえている異母姉メイシアと、それを支えるルイフォンの姿もあった。
「藤咲ハオリュウ氏だな」
 不意に、呼びかけられた。突然のことだったためだけではなく、低く魅惑的な声色に、ハオリュウはぞくりとした。
 はっと気づいたときには、ひとりの男が目前に立っていた。
 ハオリュウは、動けなくなった。声を発することはおろか、瞬きさえもできなくなった。
「俺が鷹刀一族総帥、鷹刀イーレオだ」
 鷹刀一族の血が色濃く出た、中性的な美貌。それなりの年齢であるはずなのに、まるで老いを感じさせない漆黒の魔性。
 緊迫したこの場に、まるで不釣り合いな緩やかな部屋着を身に纏い、口元に微笑を浮かべる。それだけで、目を逸らすことが叶わなくなる。吸い込まれるような魅惑……。
 怒りをぶつけているはずの相手に、ハオリュウは完全に呑まれていた。
「……不躾に失礼いたしました。僕……私は、貴族(シャトーア)の藤咲家当主代理、藤咲ハオリュウです」
 やっと、それだけの言葉が出た。
 一方、イーレオには、ハオリュウの心の内が手に取るように理解できていた。すべて顔に出ていからである。
 だからといって、この複雑な状況を説明するのは容易ではない。必要なこととはいえ、警察隊姿の巨漢を捕らえているのだ。まったく何もしていないとは言い切れない。さて、どう言ったものか。彼は秀でた額に皺を寄せた。
 そのときだった。
「ハオリュウ様」
 太い声が響いた。
 思わぬ方向からの声に、その場にいた者たちは皆、そちらに注目した。見れば、手錠をはめられた制服の巨漢が顔を上げていた。
 チャオラウに失神させられていた巨漢が、ちょうど意識を取り戻した……のではなかった。彼は数分で回復していたのであるが、今までそれを隠していたのだ。
「指揮官は、鷹刀イーレオに襲われました。誘拐の嫌疑は晴れましたが、家宅捜索の際に見つけた資料について尋ねたところ、いきなり……。止めようとした私もこの通りです」
 巨漢は生真面目な顔をして言った。満身創痍の体に、手錠まではめられた両手をじゃらりと強調する。
 事実を知る者たちは、よくもぬけぬけと言ったものだと、呆れを通り越して感心すらしただろう。だが、それを知らぬハオリュウには充分に説得力のある言葉だった。
 ハオリュウを絡め取っていたイーレオの魅了の呪縛が、ふつりと切れた。
「くっ……! やっぱり、なんだな……!」
 ハスキーボイスが裏返る。
 鷹刀イーレオは所詮、凶賊(ダリジィン)。凶悪で粗暴な害悪にすぎない。一時とはいえ、圧倒されてしまったことが恥ずかしく思え、怒りが倍増した。
作品名:第五章 騒乱の居城から 作家名:NaN