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盗賊王の花嫁―女神の玉座4―

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 別の部屋で支局長らと会談していた漓瑞がちょうどやってきて、慌てて駆け寄ってくる。
「滅茶苦茶いてえ……」
 肩や腕、脚がじんじんと痛んでわずかに動かすのすら苦痛だ。
「彼女の容態は?」
「今の所、筋肉痛としか。これには霊術治療もあまり効かないので冷やして安静にしていましょう。寝台まではいけますか?」
 局員がそう言って漓瑞に協力を頼んで痛みに悶絶する黒羽を寝台へと動かし、冷水を取りに退出していった。
「これ、あたしの体、元に戻ったってことか」
 仰向けに寝転がってぴくりとも動けない黒羽は、高い天井をまっすぐ見たままつぶやく。
 痛覚が戻ったことは辛いが、自分の体がまた人間らしさを取り戻したことにほっとする。
「そうだといいのですが、まだ能力に体がついていっていないだけで、この痛みは一過性のものかもしれません」
「お前、デヴェンドラとあたしが戦ってるの、見てたんだっけか」
 アマン課長らが居た手前、あまり話せなかった中で漓瑞からは自分とデヴェンドラの戦闘の様子は見ていたことは聞いた。
「ええ。魔族の身体能力と変わりなくなっていました。人間の体であれだけ動いたのなら、これだけの負荷がかかってもおかしくありません」
 漓瑞は重苦しい表情でうなずく。
「魔族か……。体もだけど、なんか頭もついていけねえなあ。自分の体が自分でもよくわかんねえもんになっちまってるの、混乱する。慣れたらこれでも悪くねえって思えんのかな。痛みを感じねえって以外はよくねえことでもないしな」
 力は得られているのだ。欲しかった物が手の中にあるのにこんなにも戸惑うのは、やはり思い描いていたのと違うからだろうか。
「あなたは自分が人でなくても大丈夫なのですか?」
「大丈夫っつーか、元から普通の人間ってわけでもねえしなあ。自分が大事なものとか、なんで強くなりたいかろか忘れないでいられんなら、いいんじゃねえかなあ」
 冥炎に呑まれて破壊衝動に突き動かされるだけになるのは嫌だが、自分の意志がしっかりあるならそれでいい気もするのだ。
「黒羽さんがそう思うのなら、かまわないのですが……」
 漓瑞はあまり納得しきっていない顔でうなずいた。
「大丈夫じゃなかったら、ちゃんとお前に言う。それよりよ、課長達と話してきたんだよな」
 自分でもまだ飲み込み切れず、これ以上言葉にできない黒羽は話題を変える。
「諸々のことはハイダル様が来てから報告です」
「ああそっか。ここ南部局だもんな。藍李じゃなくて、南部総局長の息子の方がくるのか。ロフィットさんはもう本局か。向こうで目、醒めてるといいな」
 意識を失ったままのロフィットは医務部で一通り負傷の確認した後に、本局へと移送となった。
「そうですね。ネハ嬢はデヴェンドラの処遇が決まるまでご実家には戻らないそうです。父君と弟君が一刻も早くご実家に戻るようには話をしたのですが……」
「でも、話はできたんだな。そうだ、赤ん坊の方は大丈夫なのか?」
「本人も気付いていなかったほど初期の妊娠で、通常でもまだ予断できない状態だそうです。産まれるまでは確実に大丈夫とはいきませんね」
「無事に産まれるといいな」
 自ら険しい道を選んだネハの元にできるだけ多くの幸せがあってほしい。
 一息ついた黒羽はふっと眠気を覚える。一晩中動いていたのだから、当然のことだろうと漓瑞にハイダルが来たら起こしてくれてと告げて寝ることにした。
 
***

「黒羽様」
 呼ばれて、黒羽は目を開ける。あたりは真っ暗でまたどこかに飛ばされたのかとぎょっとする。
「落ち着いて、ここはそう、あなたの夢の中と思って」
 聞き覚えのある声に黒羽はひとまず深呼吸して自分を鎮める。
「紅春か。ずっと、あたしの中にいるのか」
 デヴェンドラと戦っている時も紅春の声が聞こえた。ずっと彼女は自分の中で生き続けているのだろうか。
「もう少しだけ一緒にいますわ。ご迷惑かしら?」
 生前のあどけない紅春の顔を思い出しながら黒羽は返答に困る。
 自分の中で紅春がまだいる状況がどういうことか、まるで理解が追いつかない。
「一緒にいるって頭の中の同居人ってことか?」
 一生懸命理解しようとすればするほど頭の中がこんがらがってきて、よけいに訳が分らなくなってくる。
「わたくしは魂の残滓。記録でしかない。本来は意志はないのですわ。あなたが記憶を元にわたくしを造り出している。わたくしの姿を強く思い出して」
 黒羽は言われたままに生前の紅春の姿をしっかりと思い起す。
 漆黒の髪、大きな黒い瞳、赤い唇。蒼白い肌。死の間際に立っていた少女は、いつも無垢な顔をしていた。
「紅春……」
 頬に手が触れる感触がして、目の前が明るくなる。そこには記憶と寸分と変わらない紅春の姿があった。
「黒羽様がわたくしをこうして形作るのは、まだ全てを受け入れられないから。あなたはまだ全ての力を引き出していないのですわ」
「あれで全部じゃないのか?」
 デヴェンドラと対峙したとき、持てる力を全て出し切ったはずだ。あれ以上の力が自分に出せるというのか。
(でも、もっと強くならねえとムスタファに勝てねえか)
 いずれはムスタファと再び戦わねばならない時がやってくると黒羽は確信していた。次こそ負けたら命がない。
「ええ。あなたはずっと強くなる。怖れを捨てれば人では決して手に入れられない力を得られますわ」
「どれだけ強くなっても、あたしはあたしでいられるのか?」
 強くはなりたい。ただ、なんのために強くなるのか忘れてしまっては元も子もない。
 紅春が曖昧に笑って黒羽から離れる。
「それはわたくしにもわかりませんわ。確かなことはたったひとつ。あなたはいずれ……」
 そこまでで紅春が目の前から消える。
 瞬きの後に高い天井に描かれた極彩色の模様が見えて、黒羽はしばしここが夢か現か分らず呆然とする。
 その内に夢は霧散して懐かしい誰かと会ったことしかぼんやりと思い出せなくなっていた。
「痛くない」
 ゆっくりと体を起こすとすでに痛みはなく、黒羽はそろりと寝台から降りてみる。あれほど力が入らなかった足にも違和感がもうない。
「……丸三日寝てたとかそういうんじゃねえよな」
 ぼやいて黒羽は扉代わりの帳をめくって回廊に出ると、通りがかった男性局員に声をかけハイダルが少し前に到着したという話を聞いて、それほど時間が経っていないことを確認する。
「黒羽さん、もう大丈夫なのですか?」
 ちょうど漓瑞がやってきて黒羽はまだどことなくぼんやりした頭でうなずく。その頃には夢を見ていたことすら忘れていた。
 
***

 漓瑞の話によればハイダルは先に支局員達と状況確認とを先に済ませているということだった。
 終わった後にデヴェンドラの事情聴取ということで、ふたりは魔族監理課の奥まった場所にある小部屋で待機することとなった。部屋の中には分厚い敷布一枚と円座がいくつかで、卓はない。
「待つことになるんなら飯、もらっときゃよかったな……」
 支局に戻って水と果物しか口にしていない黒羽は、襲ってくる空腹にうなだれる。
「まだしばらく我慢ですね。これが終わったらゆっくり休息を取って下さい」
作品名:盗賊王の花嫁―女神の玉座4― 作家名: