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盗賊王の花嫁―女神の玉座4―

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 漓瑞が苦笑しながら支局内ではほとんど見られない分厚い木製扉の方へと目を向ける。先に彼は近づいて来た足音を察したらしく、それからすぐにハイダルがデヴェンドラを伴ってやってきた。
「待たせた。そこにお座り下さい」
 ハイダルがそう言って、拘束はされていないデヴェンドラを先に座らせる。
「……僕の知っていることはなんでも話そう。ただし、ひとつ条件がある」
 デヴェンドラがあぐらをかき強張った表情でいながらも、毅然とした態度でそう告げた。
 ひとまずは罪人という立場ながらも、彼はこちらが知りたい多くの情報を握っている。この場において有利なのはデヴェンドラだ。
「条件とは?」
 下手に揉めたところで困るのは監理局側だとわかっているハイダルが、硬い表情で訊ね返す。
「仲間達の減刑だ。彼らの罪は僕に肩代わりさせてくれ」
「細かい罪状を精査し、いくらかは減刑しましょう。ただ、こちらとしては不要な混乱を避けるためにも、今回の真実を吹聴しないことを条件とさせていただきます」
 ハイダルの態度は罪人に対しては丁寧だった。かつて監理局によって滅ぼされた神々の末裔である、デヴェンドラの立場を踏まえた上でのことかもしれない。
「吹聴する必要はない。近い先に必ずこの世界は破綻を迎える。その時に自然と真実は人々に晒される」
 デヴェンドラが黒羽達を見渡して不吉な予言めいたことを口にする。
 だがこれが確かに先に起こりうることだと黒羽達は知っている。知っているからこそ、それを止める術の手がかりをデヴェンドラから得なければならない。
「……条件は受け入れましょう。このまま本局へ移送となりますが、かまわないですね」
 ハイダルが承諾すると、デヴェンドラがうなずいておもむろに自分の刻印がある手の甲を見せる。
「消えかかってんのか、それ」
 黒羽は刻印が滲み掠れているのを見て目を丸くする。
「神剣が消失し、主たる神が失われた今、僕自身もこれからどうなるか分らない。魔族としての能力が薄らいでいる」
「能力が弱まってるだけなのか? 他には体の調子が悪いとかそういうのはねえのか」
 神剣を叩き折った張本人である黒羽は、デヴェンドラの身に何かあったらと心配になる。正当防衛とはいえ、彼に何かあってはネハや先に産まれてる子供に申し訳が立たない。
「おそらく、限りなく人間に近い状態に変質していっているだけだろう。似た事例がなかったわけではない」
 こともなさげにそう言うデヴェンドラだが、黒羽達にとっては驚きでしかなかった。
「そんなことがあり得るのですか?」
 同じ魔族である漓瑞が訊ねると、デヴェンドラは記憶を手繰るように瞳を左右に動かす。
「僕等魔族と人との決定的な違いは神としての力を受け継いでいるかどうかだ。神の力を失う、あるいは血が薄まりすぎて人へと変わった神の末裔も数多いる。監理局の霊力を持つ人間の中にも、神の末裔は混ざっているはずだ。かの女神より霊力を授けられた者の末裔達と、かつての神の末裔らの区別などもうできない」
 ありえないと否定する言葉は誰からも出なかった。
 嘘と虚飾で隠された監理局の真実としてどんな話が出てきたとしてももはや不思議ではない。
「あなたは、やはり監理局創設の頃の顛末を覚えているのですね。渡し人はあなたが記憶を引き継いではいないと言っていた」
 ハイダルがそう言って、デヴェンドラが怪訝な顔をする。
「記憶を引き継いでいないのは彼らの方のはずだ。……何かが妙だな。かの女神が姿を消した頃の記憶がないことと関わりがあるのか」
「本局で藍李様と一緒に時間を割いて話をしたほうがよさそうですね」
 ハイダルは自分ひとりでもてあますとみて、これ以上話を掘り下げることはやめにするらしかった。
 黒羽も知りたいと思うことは多くあれど、あまりにも情報が多すぎて呑み込みきれないので安心する。
「ここから離れる前に一度、妻に会ってもいいだろうか」
 デヴェンドラの頼みを断る理由はなかった。
 そうでなければきっと、ネハは置き去りにされてしまった心細さばかりが膨らんでしまう。
 それからすぐに外で控えている支局員にデヴェンドラをネハの元へ連れて行くことを頼み、黒羽達は報告もあるのでハイダルと残ることになった。
「大丈夫っすか?」
 緊張が途切れたのか顔に疲れが見えるハイダルを黒羽は気づかう。
 次期総局長ともあってしっかりとして見えるとはいえ、まだ成人したばかりの十五の少年にとってその責務の重さは相当な負担だ。
「ああ。申し訳ない。本局でも色々あって、正直、私もまだ整理がついていない……」
 そうため息をこぼして、ハイダルが渡し人が死んだことや蘇芳がおそらくアデルに連れ去られたことをぽつぽつと話す。
 渡し人の顛末に唖然としている内に蘇芳が消えたことまで聞かされた黒羽は、なにかしらの感情を抱くことすらできずにただただ驚くばかりだった。
 そして、ネハを見つけた庭園でのことを思い出す。
「蘇芳が連れ去られたって、じゃあ、あん時ネハお嬢様が見たアデルと一緒にいたのは蘇芳だったのか」
 ネハは庭園に浮かんだ窓の向こうにふたりの子供を見ていた。ひとりはアデルに違いないなら蘇芳だろう。
 それから黒羽はハイダルに詳しいことをと促され、ロフィットと交戦したことも話す。
「ロフィットさん、目、醒めそうですか?」
「私も報告が来てからすぐに出てきたから、ロフィットのことはまだわからない。まさか、こんなことになるとは……」
 ハイダルが唇をわななかせていっそう表情を陰らす。哀しみと憤りが混じった幼さの残る瞳に、黒羽は苦いものを覚える。
 ロフィットの神剣を折ったのはアデルだった。だが、そうなる前に自分にはできることがあったのでは。
(目の前のもんぐらい護れるようにならねえと……)
 そうは思っても、取りこぼしてばかりだ。目の前に蘇芳もいたはずなのに、気づくことすらできなかった。
「神剣は神の血肉、と彼は言っていました」
 しばし沈黙が降りる中、口を開いたのは漓瑞だった。
 ハイダルが漓瑞の話を聞きながら、腰に下げた二本の刀身の短い半月刀、神剣シトゥームに視線を落とす。
「この世界は神々の遺骸で作られ保たれているのか」
 神々の骸は数多の世界を繋ぎ合わせ結び、世はびこる瘴気を浄化している。確かにこの世界は神の犠牲の上で歪な形で成り立っているのだ。
「多くの瘴気を放っているのもまた、神々です。世界を維持するものと、脅かすものが同じというのはあまりにも不安定なのでしょう。元より、瘴気の方が多く、いつ破綻が来てもおかしくなかったというのは納得がいきます」
 世界が破滅を迎えているのは揺るがしのようのない真実だろう。
「だからって、黙って全部壊れちまうのを待ってるわけにはいかねえんだよな」
 自分ができることは剣を持って戦うことぐらいしかないけれども、受け入れられないのならもがき抗うしかない。
「そうだな。そのためにも迅速に動かねばな。デヴェンドラの移送と藍李様への報告を頼む」
 背を正したハイダルがそう采配して、黒羽と漓瑞も同じく姿勢を正してうなずくのだった。

***

 夜空に月が浮かぶ頃、ネハは箱馬車に乗せられ生家へとひっそりと帰ってきていた。
作品名:盗賊王の花嫁―女神の玉座4― 作家名: