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盗賊王の花嫁―女神の玉座4―

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 状況を早々に呑み込んでロフィットが首を傾げた。
「そういうことなんすかね。他の局員の人達って見ましたか? 五人、気を失ってるのを見つけたんですけど……」
 黒羽は意識のない局員達を示して、他の局員の無事を訊ねる。
「いや、何人か見たけど、この状態だった。灯が見えて俺だけじゃないって一安心したところだ。こういう時炎属性って便利だな」
 今の所無事意識があるのはここにいる三人だけらしかった。
 ここまでの状況をお互いに報告し合ったものの現在自分達がどこにいるのかすらさっぱりわからなかった。
「よし、このまま漓瑞さんの感覚に頼って瘴気の濃い方へ行くか。それ以外にやれることもないだろ」
 そしてロフィットが下した方針は瘴気の根源へと進んでいくことで、三人は暗い山道を進んでいくこととなったのだった。


***

 蘇芳が忽然と姿を消し、彼の部屋で意識を失っていた白雪が目覚める頃、藍李とハイダルの元に黒羽達を含めた五十名あまりの局員の消息がわからなくなったとの報せが入った。
「まったく、次から次へと」
 白雪を休ませている救護室へと向かう途中の廊下で、藍李は歯噛みする。
「現状を詳しく頼む」
 ハイダルが報告しにきた局員へ詳細を訊ねる。
 日暮れ頃に鉱山の麓周辺で妖魔の駆逐にあたっていた局員達の姿が全く見えなくなり、夜にうかつに山深くに入ることも躊躇われ現在膠着状態ということだ。麓よりもさらに村や集落に近いところに配置されていた局員は無事が確認されており、妖魔の増加も見られない。
「妖魔が出ていないのなら、まだ安心できるわね……」
 戦闘員を多く欠いた現状で、妖魔の大量出現などあったらたまったものではない。
「しかし、局員の捜索を朝まで待つのですか?」
「このままやたらむやみに局員を踏み込ませて行方不明者を増やすわけにもいかないわ。ロフィットと漓瑞が無事に指揮を取ってくれてることを祈りましょう」
 黒羽はともかくとして、状況判断が的確にできそうな者がふたりいるのでそちらに任せるしかない。
「ええ。では、引き続き周辺の村や集落の安全を最優先とし、鉱山へは近づかずにいるよう伝えてくれ」
 ハイダルがそう告げてから局員が立ち去るのを見退け、ため息と共に肩を落とした。
「申し訳ありません。頼っていてばかりで。もっとひとりで判断して決を下せなければならないというのに」
 どうやら彼はま総局長代理としての自分自身の身の振り方に思うところがあるらしかった。
「人の話聞かないよりは聞いた方がいいわ。私は迷うのが嫌いだからさっさと決めてしまうけれど、もう少し周りの意見は聞いておくべきってよく思うもの」
 即断即決。悪いことばかりではないが、気がつけば周りを置き去りにしてふと気がついたら、ひとりで走りすぎていることはハイダルと同じ年の頃はままあった。
 今でもあるし、ひとりになっていることに気付いていないのかもしれないと少し恐くなることは最近の方が多いかもしれない。
「藍李様でも思われるのですか? いつも毅然と正しい判断をしていらっしゃると思いますが」
「そう。そう思ってもらえるうちは安心だわ。私達は白雪に会いましょう」
 少なくともひとりはついてきてくれるらしいと、藍李はひとまずまだ立ち返らずにすみそうだと思いつつ救護室へハイダルと入る。
「白雪、大丈夫よ。そのままで」
 藍李は白雪が体を起こそうとするのを止めて、傍らの椅子に腰掛ける。意識が戻ったとはいえ、白雪の顔はまだ青ざめていて瞳もぼんやりと焦点が定まっていない。
 あまり無理に話をさせられないだろうと、心配そうにしているハイダルと視線を合わせてうなずく。
「ハイダル様、藍李様……蘇芳は?」
 乾いて掠れた声でつぶやいて、白雪が瞳を彷徨わせる。
「蘇芳は消えた。何があった?」
 ハイダルが優しく問うと白雪の顔がさらに血の気が引いた。
「アデル様だわ。あれはきっとアデル様でした」
 怯えきった答に半ば予想としたとはいえ、いざわざわざ白雪に姿を見せて蘇芳を連れ去ったアデルが不気味だった。
「他に覚えてることはない?」
 藍李の問に白雪は重たげに首を横に振った。そしてゆっくりとその手を持ち上げて、藍李の手に触れる。
「蘇芳は、どうなってしまうのです?」
「わからないわ。ただ、無事に連れ戻すことだけは約束するから、今日はもうおやすみなさい」
 白雪が欲しがっているだろう言葉を与えて、藍李は腰を上げる。話がまともにできそうなのは明日だ。
 白雪がまた目を閉じて藍李はハイダルと部屋を後にする。ちょうど廊下では一様に心配そうな顔をした、緋梛と紫苑と蒼壱の神子達三人がいた。彼らに状況を話すとアデルの名前に怯えと不安がのぞく。
「すまない、私達も今、君達の安全を確実とできる術がない。各自、身の周りに気をつけて少しでも何か気になることがあれば報告してくれ」
 ハイダルの正直な言葉に硬い表情で三人はうなずいて白雪の顔を見ていくと救護室へと向かって行った。
「黒羽達の状況と、これ、関係あるかしら?」
 できればなければよいのだが、偶然と言うのも難しい。
「無関係とは言い切れないですね。本局長達は知っているでしょうか」
「聞くだけは聞いた方がいいわね。いずれにせよ、蘇芳が消えた件には報告がいてるから、向こうから話がくるかもしれな……」
 言い切る前に明らかに藍李とハイダルに用がありそうな局員がやってきて、告げたのは案の条本局長であるランバートからの呼び出しだった。

***

「ここどの辺りだろうなあ」
 黒羽はさして変わらない景色にぼやく。
 見渡す限り木々に囲まれ、時々道もあるものの来た道も分らなければ向かうべき道すらおぼつかない。
 途中で松明にできそうな太い木切れを見つけて灯にしているものの、灯が届く範囲はたかがしれている。
「坑道の入り口が多いですね。西側に入り口が多いと聞いたので、そちらの方かもしれません」
「出られるかどうかは、日が昇ってから考えるか。この中にいると漓瑞さんぐらいしか瘴気がわからないな」
 ロフィットが言う通り、漓瑞の水の天幕で瘴気は浄化されて内側まで伝わってこない。
「漓瑞、大丈夫か?」
 ということはずっと漓瑞は瘴気を浄化し続けているということで、体への負担が心配だった。
「ええ。それほど多量ではありませんし、目的地までは保つでしょう。戦闘になったら、おふたりに任せます」
 無理をしている様子は感じないので大丈夫そうではある。しかし、負担になることに違いない。
「おう。任せとけ。無理そうならちゃんと言えよ。あの骸骨がまた出てきてもあたしがなんとかするからよ」
「はい。あれは妖魔とは少し違いましたね」
「ああ。瘴気はあったけど、ちょっと違ったな」
 あんな限りなく人に近い形の妖魔は見たことがなければ、瘴気を纏っていても妖魔とは感じる物が違った。
「亡霊っていうやつかもなあ。ほら、ここには生まれ変われなくなった旧世界の住民が瘴気を溜め込んでるんだろ」
 ロフィットの見解が正しそうだった。農具や武器を持ってたのは生前に農夫や戦士だったからやもしれない。
「……燃やしちまってよかったのか?」
 そう聞くと後ろめたい気分になる。
作品名:盗賊王の花嫁―女神の玉座4― 作家名: