盗賊王の花嫁―女神の玉座4―
六
天が夜空でない何かで覆われ闇の沼が広がり、誰も彼もが道を見失っていた。
「おーい! 誰かいるかっ!!」
黒羽は声を張り上げて他の局員の返事を待つが、どこからも声が返ってこない。
「反応はないですね……」
いつはぐれてしまうかもわからないので、お互い手を伸ばせばすぐに届く距離にいる漓瑞も困惑した様子で耳をそばだて周囲の様子を窺っている。
舟を漕いでい者達の姿もすでになく、周りがどうなっているのかすら把握出来ず下手に動くこともできない。
「なんも見えねえな。火、つけても駄目だったし。暗いわけじゃねえのになんなんだよ」
最初は真っ暗だったが黒羽には隣にいる漓瑞の姿が昼の太陽の下にいるように、はっきり見えていた。しかし他は何も見えない。冥炎に炎を宿してみても、炎の灯は何も照らさず周囲は暗いままだった。
「ここでじっとしているわけにもいきませんが、これでは……」
ふたりで為す術もなく神経ばかり尖らせていると、かすかに何か硬い音が聞こえてくる。
味方か、あるいは敵か。
黒羽は冥炎を抜いてかまえる。
暗闇の中にぼんやりと白い影が浮かび上がり、次第に輪郭をあらわにしていって黒羽はぎょっとした顔をする。
「なんだ、ありゃ。妖魔じゃ、ねえよな」
現れたのは骸骨だった。どこか歪なぎこちない動きでこちらに近づいて来る骸骨は一体どころでなく、複数出てくる。その手には斧や鍬、槌が握られている。中には剣や槍を持つものもぽつぽつと見えた。
「しかし、瘴気は感じますね。黒羽さん、きますよ」
「お、おう。あれ燃やしちまっても大丈夫なのか?」
数はいてもそう強くなさそうとはいえ、さすがに元々は人間だったかもしれないものを燃やすというのは気が引ける。
「死んでいるなら、今さらでしょう」
それに対しての漓瑞の返答はあっさりしていた。
「……お前、割り切りいいよな」
できれば攻撃してこずに素通りしてくれればという黒羽の願いも虚しく、彼らのぽっかりと開いた眼窩と得物の矛先はこちらへと向けられた。
まず攻撃してきたのは斧や鍬を持った骸骨だった。
動きは鈍い。骨だけで動いている彼らの挙動はのろまで正確性に欠け、ひとふりで燃やし尽くすには容易かった。
高温の青い炎に呑まれた骸骨達は一瞬で黒い靄となって消える
その合間を縫って槍の矛先が来て、黒羽は冥炎で受ける。そこから続いて剣や槍を持つ骸骨達が襲いかかってくる。
彼らは戦闘慣れしているらしく、誰かを炎の盾にしつつ次々と切っ先を向けてた。
「ちったあ骨のある奴もいるか」
思わずそうつぶやいて、つまらない冗談を言うつもりをなかったのだがと眉をひそめつつ黒羽は髪一筋とて切らせずに確実に骸骨を消していく。
「黒羽さん、あまり離れすぎないで下さい」
しかしその間に手の甲から出した水で骸骨を浄化していた漓瑞と距離が開いていて、彼が急ぎ足で追いかけてくる。
「悪い。そうだ。移動する間、お前の水で幕張ってたらはぐれる心配ねえんじゃないか?」
あらかた敵を片付けたところで黒羽はふと思いつき提案してみる。
「そうですね。試してみましょうか」
そして漓瑞が水の天幕を張る。そうすると、ふっと周りの闇の色が変わった。そして隣の漓瑞の姿も見えなくなって、黒羽は一瞬だけ動揺する。
傍らには気配があって、体を動かせば腕がぶつかる感触がある。
「漓瑞、いるよな」
「いますよ。黒羽さん、火を」
返事に安堵しつつ、黒羽は冥炎に炎を灯す。漓瑞の姿は確かに見えて、足下の伸びきった雑草や近くの木々まで見えた。
透明な水の膜の向こうをじっと眺めている内に暗がりに目が慣れて、木々の影が朧気にみえた。
「元の場所に戻れたのか?」
先程までの闇だまりでなく、夜の森に自分達は確かにいる。
「私の力に干渉しないのかもしれません。しかし、見えるのがこの範囲だけでは、動くことが難しいのは変わりないですね」
麓近くから動いていないと思っていたが、見渡す限り木々に覆われていて今自分達がどこにいるのかさっぱり見当がつかない。土地勘のない者が夜の山をうろつくのは危険すぎる。
「でもよ、日が昇るまでなんて悠長なことも言ってられねえだろ。他の局員も探さねえと。妖魔がどこまで出てるかもわかんねえし、ああ、畜生!」
ろくに何もできないもどかしさに苛立ちがつのって、思わず悪態をついてしまう。
「瘴気を追いましょうか」
静かに考え込んでいた漓瑞が渋々といった態で提案する。
「安全とは言えねえか」
「ええ。ただ、瘴気の濃い場所が神の復活の場でしょう」
危険だとはいえ大元を正す以外に道はない。黒羽は漓瑞の感覚に頼って夜の山を進む。霊力の温存のために冥炎から炎は消したのでまた真っ暗になったが、目が慣れれば前に進めないというほどでもなかった。
「おい、あれ」
途中、木の陰に人の姿が見えて黒羽は漓瑞と共に近づいて、再び冥炎に火を灯す。気にもたれかかって座り込んでいる人物に意識はないものの、脈や呼吸はあり目立った傷もなかった。片耳に局員章が揺れているので支局員ということはわかった。
「気を失っていますね……黒羽さん」
漓瑞が他の場所を示すと局員が五人倒れていた。おそらくこの区域を巡回していた部隊だろう。
「どうなってんだ。怪我もねえし、妖魔にやれらたってわけでもねえよな」
全員呼びかけにも応じず目覚める気配はないが、ちゃんと生きていて負傷している様子はなかった。
「武器もありますね。抜く前にこうなったということでしょうか」
帯剣している者達の剣は鞘に収まったままだった。
「わけがわからねえな。他の人達もこうなっちまってんのか?」
「その可能性もありますが……」
局員の様子を見ていた漓瑞が何かに気付いて顔を上げる。その後にすぐに草を踏む音が聞こえた。
「おお、よかった。おふたりさんは無事だったか」
現れたのは抜き身の神剣を持ったロフィットだった。
「よかった無事だったんすね。ん?」
やっと意識のある局員と出会えて安心したものの、ロフィットが水の天幕の境の所で止まってしまった。
「これ、どうやって入るんだ?」
どうやら天幕の中に入れないらしくロフィットが首を傾げ、黒羽も漓瑞を振り返る。
「触れませんか?」
「ん、いやあ。うん。触れる。触れるんだが、おお。なんだこれ」
水面がたわんで、ロフィットがびくりと手を引っ込める。
「……すみません。神剣を収めてみてもらえないでしょうか。引っかかりを感じるので、原因はそれではないかと」
「ああ、でも、これ収めちまったらまた地下水路みたいなわけのわからない場所に周りがなっちまうんだ」
「抜いたら、元の場所に戻れたんですか?」
「そうなんだよ。骸骨みたいなのがぶわっと出てきたから剣を抜いたらな」
どうやら、状況としてはロフィットもこちらと同じらしかった。
「では、片手は表面についたままで剣を収めてもらえれば」
「なるほど。やってみるか」
漓瑞がそう言って、ロフィットが言われた通りにすると彼の手がするりと天幕の中に入ってきてあとはそのまま体も入ってきた。
「おお。はいれた。この現象も神様の力で、漓瑞さんのも神様の力、神剣も神様の力。どれも相性悪いのか?」
作品名:盗賊王の花嫁―女神の玉座4― 作家名: