盗賊王の花嫁―女神の玉座4―
その答を口にしたのは漓瑞だった。
足下に水はないが、確かにこの光景は監理局の地下水路だった。
ギィィと櫂を漕ぐ音まで聞こえてきて、黒羽はぎょっとして辺りを見回す。
「なんだ、渡し人、なのか……?」
水もないのに舟を漕ぐ姿があちらこちらに浮かび上がって言葉を失う。
誰ひとりとしてこちらを見ることもなくひとつの場所に向かって舟を進めて行く様子は、とても現実とは思えない。
あるはずの木々の影もなくここがどこかすら、混乱してくる。
暗闇という水面をかいて、舟は進む。
すぐ脇を通った船頭の両の手に神の証したる刻印があった――。
***
「どうして」
神剣を携え、湧き出る妖魔達を消していたデヴェンドラは呆然とつぶやく。
逆さの卵の形をした聖地にあった石がぽつりと浮かぶ山頂から見下ろす景色は、すでに闇に呑まれている。下から無数の舟が上がってきているのが見える。
神々が帰ってきたのだ。
何百年と待ち侘びていた瞬間だが、彼らが向かっているのはデヴェンドラの元ではなかった。
デヴェンドラは振り返り側にある石に触れる。ひんやりとした感触があるだけで、主たる神の気配を感じない。
剣と、石がある場所へ神々は集うはずなのだ。だというのになぜ彼らはここへ来ない。
デヴェンドラはせめて剣だけも移動させるべきか迷う。
数百年、必ずここで神が復活すると『デヴェンドラ』の名を引き継ぐ者達は信じていた。
今の今になって、どこへ向かうべきかわからなかった。
「どこへ向かっているんだ」
目をこらして舟の行く先を見極めようとするが、すでに見える景色は知っているものではなかった。
心当たりすらなく、じっと舟の動きを見るだけだったデヴェンドラははっとする。
まさか。
どうして、なぜ、そんなことがあるのか。
ぐるぐると思考は回るがこの直感はおそらくあたっている。
「ネハ……!」
そして道なき道をデヴェンドラは駆けだした。
***
暑い。寝苦しい夜だ。
寝台に横たわるネハはうつらうつらしながら、吐息をひとつもらす。水が欲しいと思えど、眠気が勝って体が動かせなかった。
眠ってしまえばもうこの喉の渇きも、暑さもわからなくなる。
そう、だから眠気に身を任せればいい。
ネハは目を閉じて、浅い呼吸をいくつかしながら意識を閉じ始める。わずかに残った意識は熱いと外側でなく、身の内の熱を訴える
彼女の手は、もっとも熱く感じる腹の上に無意識のうちに置かれていた。
作品名:盗賊王の花嫁―女神の玉座4― 作家名: