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盗賊王の花嫁―女神の玉座4―

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「それだけはないといいのですが……局員寮は後から増設しているので、休むときは必ずそこでとにしておきます。白雪、すまないが支局にそう伝言を送ってくれ」
 お茶を運んできた白雪にハイダルが命じる。
「はい。あの、ハイダル様、わたくし、その後蘇芳に会ってきてもよろしいかしら?」
「……呼ばれているのか?」
「わたくしが会いたいのか、あの子が会いたいのか分かりませんけれど……今、会わないとって思のいましたの」
 寂しげに微笑みを浮かべる白雪と、眠り続ける神子の蘇芳は同い年だ。作られたのが同時だったせいか、白雪は不意に蘇芳に『呼ばれている』と言い出すときがあった。
 眠っている蘇芳と感覚の深いところで繋がっているという。
「行ってらっしゃい。でも、くれぐれも気をつけてね」
 ハイダルが許可をして、藍李は白雪にそう忠告する。
 蘇芳は西部局が預かっているのだ。かといって面会を制限する気はこちらも向こうもなかった。
「この頃、白雪が蘇芳に会いに行く頻度が多くなっている気がします」
 不安げにハイダルが白雪の小さな背中を目で追いながらつぶやく。
「そうなの?」
 アデルが表に出てきている今になって、眠り続けている蘇芳に変化があるとしたなら不穏だ。
「気がする、と言う程度なので私の思い過ごしかもしれません。まったく呼びかけのないときや、間隔が詰まっている時もあるので、すいません、やはり思い過ごしかもしれないです」
「白雪の面倒見てるハイダルがそう思うなら、気にしてたほうがいいわ。さあ、局舎も調べるとして渡し人の召喚はどうなってるのかしら」
 水路の不調について、渡し人の中でも特に水路に詳しい者をと呼び出したが、原因究明に時間がかかるということでいまだに誰も召喚に応じない。
「改めて考えると、我々は渡し人のことを知らなすぎますね」
「そうね。今まで当たり前に頼ってきたけれど、あの一族がなんなのかなんて全く考えなかったわ」
 支局にいるときはほとんど毎日、水路を使っていた。渡し人は口数少なく親しく言葉をかわすこともなく、挨拶程度でそこにいるのが当たり前すぎる存在だ。
 本局でも渡し人についての資料は少ない。監理局創設時以前から存在する一族で、彼らの住処は地図のどこにもない場所。ただ、それぐらいの情報しかない。
 一体渡し人が何人いて、個々の名前すら把握していないのだ。
「重要な役割を果たしているにも関わらず、私達は当然のものとして軽んじていたのかもしれません」
 真面目なハイダルが深刻な顔でうなだれる。
「軽んじてた……そうね。気にしなさすぎたわね」
 世界各地を短時間で移動できる水路なくして、監理局の運営は成り立たない。そしてその水路の道順を知っているのは渡し人達だけだ。
 水路の他にも渡し人は一族同士で高速で情報をやりとりする手段を持っている。今も、黒羽達がいる支局とのやりとりに、その情報伝達能力を活用していた。
「彼らは一体どこまで知っているのでしょうか」
「先に局舎に関して手がかり見つけましょうか。墓地、霊廟。んー、何近いもの見た気がするわ」
 藍李は記憶をひっくり返しながらより分けた資料を漁る。
 壷や水差しなど器を連想させる言葉が一語でも含まれた文書の山から、目印となる付箋を挟んだ部分を開いては確認していく。
「あ、あった。これだわ。寝室。壷が敷き詰められた寝室」
 奇妙な表現が引っかかっていた。壷だらけの寝室。壷が魂を収めるためのものならば、これはすなわち墓地ではないだろうか。
「眠っているのですか?」
 ハイダルが資料を覗き込んで首を傾げる。
「大人しく監理局に従った神もいたことはいたのよね……。自発的に眠っているなら瘴気は発しない可能性はあるわ」
「要、監視とありますね。従わされる前に、眠ってしまったのでしょうか」
 読み取れる文面だけ拾っていってもはっきりとした正当は得られそうになかった。
 ふたりがもう少し、何かと資料を再びめくっていると、渡し人がやっと話をしに来たとの報告が入って藍李とハイダルは書庫から応接間に移る。
「長らく、お待たせしました」
 応接室ではくすんだ麻のローブを纏った老人が膝をついて待っていた。
「呼び立ててごめんなさい。そこにお座りになって。それで、水路の不調の原因はわかったかしら?」
 藍李は老人を長椅子へと促して自分達も向かい側に座り、一番聞きたいことはあえて避けて現状の説明を求める。
「どうやら。我々の道と古き神の道が干渉し合ってのことのようです」
 小さな声で言う渡し人に、藍李はハイダルとやはり、と目を見合わせる。
 渡し人には伝言は頼んでも、昔に神が複数いたことなどは告げていない。彼らはずいぶん前から多くを知っている。
「あなたがたは、かつて世界がどうあったのか知っているのですね」
 ハイダルが問いかけると、老人はうなずいた。
「知っているのではありません。我々は覚えているのです。我々渡し人に死はありません。肉体が滅びても魂はやがて新しい肉体を得る」
 老人の言う魂の在り方には聞き覚えがあった。
「ジャロッカの古い神のことを知っているの?」
 老人は視線を組んだ手に落としながらうなずいた。
「遙か昔はシドロスラという名の世界でした。一度世界が終わる頃に我々は水底に移住し、デヴェンドラはそのまま残った」
「ちょっと待ってくださる? 一度世界が終わることと、デヴェンドラについてもう少し詳しく聞かせて下さい」
 唐突に核心に迫る情報を放り込まれて藍李は混乱する。
「数多ある世界は滅びては再生を繰り返しているのです。それが理です。しかしかの女神は理を歪めた。滅びるはずだった世界を結んでいるのが地下水道です。渡し人は水路の案内人の役目を賜ったのですが、しかしなぜ女神に付き従うことになったのかは覚えていません。来るべき時が来れば、我らに記憶を返すと約束されたのです」
 すなわち、彼らは失われた記憶を女神に人質に取られる形で従っているらしかった。
(ここも空白)
 監理局創設から三百年の空白を埋めるものは見つかりそうになく、藍李は拍子抜けした。
「では、デヴェンドラという魔族も記憶を引き継いでいるということでしょうか」
 ハイダルが少し考えて、質問する。
「いいえ。記憶を引き継いでいるのは我々だけです。デヴェンドラはシドロスラの王の名と引き継がれるもの」
「封じられた神と王は別なのかしら?」
 なんとなくややこしいと藍李は眉間に皺を寄せる。
 デヴェンドラが神の復活をなそうとしているなら、王と神は一致しないことになる。
「神はあくまで魂の輪廻を司る者。統治は王の役目です。主は神となります」
 民が『生きている』間の統治者はデヴェンドラで、死んで生まれ変わるまでが封じられた神の仕事ということだろう。
「今回の地下水道と干渉し合っているのは、元が同じだったからということかしら?」
 話を水路の方へと戻すと、老人は肯定した。
作品名:盗賊王の花嫁―女神の玉座4― 作家名: