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SPLICE ~SIN<後編>

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険しい山道を歩きそうである事を思えば海を行った方が確かに楽そうだ。
しかしバーカンティンと別れて行くなんて思いもしなかった。
「忘れていたわけじゃないが、『眠った』ことがある者しか通れない道なんだ」
「だからあの人は知らなかったの?」
「そういうこと。もともとこの島で眠って戻ってくる者なんていないに等しいってのもあるな」
「でも、バーカンティンも今の体とは違うんじゃない?」
「魂で判別しているんだよ」
話しながら歩き続け、気付けば海岸線に出ていた。
小さい島だから海岸までもすぐだ。
「海の中は海流が複雑だったりするらしいが、ま、お前なら大丈夫だろ」
ヴィラローカの居た集落に荷物の殆どを置いてきたのはこう言う事かと納得もする。
「濡れると困るものは俺が持っていく」
普段の荷物もちは主にスプライスだから妙な感じもしたが素直に渡す。
「待ち合わせは…まぁ分るだろ。俺が眠っていたあたりのはずだ」
「わかった」
数百年ぶりだから分からないかもしれないが、その時も歩いていれば見つかるはずだ。
「ねぇバーカンティン」
波打ち際に足を運び出そうとして振り返る。
「大丈夫だよね?」
「大丈夫だろ」
『何が』とはお互いつけない。
一言に諸々が含まれていることが分かっているから。
一番は「バーカンティンがそのルートをたどることによって眠りに入ってしまわないか」ということだろう。
ただ、魂としては以前ここで眠ったかもしれないが今は普通の人間だ。
歳も取っている…年月を重ねるということではなく肉体的にも。
「お前こそ臆するなよ?」
この先に待つ結果に。
もう予想は出来ているが、故に怖さもある。
「大丈夫だよ。君が先で待っていてくれるからね」
笑って崖を下っていった。



数時間後。
島の一角のある岩場で二人は再会した。
予想の範囲内ではあったが、二人とも疲れた表情を隠せない。
「大丈夫?」
引きずりそうになる体を押して、スプライスが笑いながら言う。
否、笑おうとして疲れのあまり引きつってしまった。
「お前よりは平気だよ」
蒼白の表情は大丈夫そうではない。
結局再会したその場で二人とも座り込んでしまうしかなかった。
「お前は肉体的にも精神的にも辛かったはずだろう?」
スプライスの取った経路は海中を泳いでくるものだった。
普通ならば泳ぐことも不可能なほど海流が荒れているのだが、スプライスは普通ではない。
獣人として人魚に変態できる。
しかもその力は普通の人魚よりも強いかもしれないほど強力で…故に泳いでくることも可能だった。
ちなみに海上を船で行くには少し遠回りをすれば良いだけで、実は一番楽な経路かもしれない。
そして、そんな肉体労働をしつつスプライスにとって到着地は決して嬉しいばかりの地ではない。
「僕はタフだから大丈夫だよ。バーカンティンこそ大丈夫?」
実のところスプライスはいつも肉体労働の比重が大きすぎてか、先に待つことなど考えていられなかった。
考えたくなかっただけというのもある。
ただ、タフという割には本人が思った以上に疲れているらしい。
今にも倒れこみそうなほど体が横に傾いていた。
「…こうしていられるんだから大丈夫なんだろうな」
手で『寝てしまえ』とスプライスに示して苦笑する。
「とりあえず『許可』はとってきた」
「…許可?」
パタンと素直に横になってしまった状態でバーカンティンを見上げる。
見上げるといえどバーカンティンも地面に座り込んでぐったりと上体をたれているので高さはあまり変わり無い。
「あの洞窟の中に入れないことは覚えているだろ?入れるようにしてきた」
時々こめかみを痛そうに押さえるが、それ以外は声だけ聞くと確りしていた。
「もしかして、そのためにそっちの道いったの?」
「それもあるってだけだな。俺は海の中無理だ」
スプライスの魔法で水中も呼吸が出来るようにすることは可能だが、押し寄せる海流に対することができるだけの体力も無い。
「ただ、あまり気持ちの良い場所ではないことだけは覚悟しておけよ」
「わかった…」
以前バーカンティンが眠っていたころ、洞窟に入ろうとしたことがある。
入り口から少しのところまでは入れた。
奥に人影、人形のように動きを止めた『眠っている人』だと思われるものは見えたが見えた辺りで体が動かなくなった。結局入ることは出来なかったのだが、その後、あそこから先へ行けば『眠るも者』とみなされて眠りに入らざるを得なくなることを知った。
…スプライスが神に作られた人種の人間だということも原因はある。


結局二人して寝そべって、いつの間にか眠ってしまった。
このあたりは日の長い地域だからまだ日も暮れないが、日が昇ってから12時間以上は経過しているはずだ。
早くてもあと5時間は暮れる事は無い。


不思議と穏やかな日の光の中、スプライスは以前此処に来たときの夢を見た。

バーカンティンがこの地で眠りについた後。
考えていた事を実行した。
時を止めることができる友人に頼んでバーカンティンが目覚めるまでの間自分の時を止めてもらったのだ。
寝て起きたら200年が経過していた。
「そろそろ目覚めるから迎えに行こう」
つい先程眠ったところだったのに、起きて早々そう言われて驚いたものだった。
スプライス自身が眠った地はバーカンティンの故郷近くの丘の上だったから、そこから船旅で幾十日も経過しこの地にたどり着いた。
「もうそろそろだと思うよ」
とだけ言われてその友人は一旦去る。
スプライスだけ洞窟の入り口に陣取って…じっとそこからバーカンティンが現れるのを待った。
5日ほどか10日ほどだったか経過した頃、洞窟の気配に変化が見られて酷く心躍ったのを覚えている。



「もしかしたら俺の時みたいに、俺たちの様子を見ているかもしれないな」
ボンヤリと目を開けると、バーカンティンが周囲の気配を探りながら笑った。
空はやっと赤味がかってきている。
携帯食をスプライスに食べるように示す。
「おはよう…」
言いながら伸びをして今見た夢のことを思い出す。
あの友人のお陰でバーカンティンが眠ってから待った時間はスプライスの体内時間にすれば数年もなかった。
本当に短い時間だった。
そして今思えばその直後に不老長寿を手に入れてしまったので肉体年齢はそれで止まっている。
20台半ばだろうか。
バーカンティンと出会って以後特に外見は変わりないから20歳と言えばそれでも通じる。
今のバーカンティンは…生まれ変わった後のバーカンティンに出会ったころは、以前会ったよりも若かった。
まだ成長期というのもあって現在はそのときよりも少し成長している。
ちょうど前世で出会ったくらいの年齢と外見。
このまま行けばバーカンティンは普通に歳を取ってゆくだろう…
携帯食を手にして、フと気づく。
今回捜し求めた姉弟。
その二人もスプライスと出会った頃よりそれほど年齢を重ねずに現状になる。
姿はほぼ変わっていないのだ。
そう思うと、バーカンティンが歳を取ってゆく姿を見ることのなるかもしれない未来が酷く恐ろしいような気がした。
「あまり余計なことは考えるな」
スプライスの心を読んだようにバーカンティンが微笑む。
作品名:SPLICE ~SIN<後編> 作家名:吉 朋