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SPLICE ~SIN<後編>

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「最後の記憶は、相棒の腕の中で意識が底に沈んで行くだけです」
「あぁ、それは相手に申し訳ない気持ちになるな。ちょっと嬉しいけど」
カティサークの表情からみて、同意だろうと自分の経験から感想を述べる。
バーカンティンも前世の死の瞬間はスプライスの腕の中だった。
あの時はそこまで思わなかったが、今思えば申し訳ないと思う。
好きな人を腕の中で亡くす悲しみを負わせてしまった。
自分の死の瞬間に直に接しさせてしまった。
自分のことだけを考えるなら抱かれている方は幸せ感が少しある。
「…手を」
バーカンティンの様子を見て思うところでもあったのか、両手を二人に差し出す。
バーカンティンとスプライスはその手を取った。





一瞬の暗転。

次第にぼやけた視界が認識できる。
可視範囲は狭い。

「……っ!」

目の前に黒髪の男の顔があった。
必死にこちらに呼びかけている。
ギュッと肩を、体を抱かれているのは分かるのだがそんなものはどうでもよかった。
息が顔にかかる。
熱いと思ったが、自分の体は冷たい水の底へ沈んでいくかのようだった。
いや、自分の体の中から命の証である熱いものが流れ出ていってしまうような感じもある。
(斬られたと言っていたな)
恐怖を感じながらもどこか冷静にそんな事を考えられるバーカンティン。
(…!!!)
これが『死の瞬間』なのかと恐怖が駆け抜けるが、「死んだかどうか分からない」との言葉は忘れていた。


男が必死の形相で声を掛けてくる。
名前と、何か分からない言葉と。
こちらも答えようとする。
相手に聞こえただろうか。

「ゴメン」


全身に力が入らない。
視界が狭くなる。
音も遠くなる。


世界と自分が離れていくような気がする。








いつの間にか閉じていた目を開いて気付けば、スプライスはバーカンティンの腕をぎゅっと握っていた。
「お前だって死にそうになった事くらいあるだろう?」
つかまれた腕を外そうとはせずスプライスの顔を覗き込んで苦笑する。
「いや、でも、これは…」
斬られて、そうとうな出血もあっただろう。
死にそうになったことはあったが、ここまで明確に傍に感じたことは無い。
コレだけ長く生きているのに。
もしくは、忘れただけなのか。
「…こんな記憶が最後なので自分の生死がわからないんです」
「助かりそうだと思う理由もあるのか?」
言ってから「コレでは死んで当たり前みたいな言い方だな」と唸る。
「いや、俺が死んだ時とどこか似ていて…」
死の瞬間というのは思い出したくないものだが、バーカンティン場合は特殊な意味もある場面だ。
人間に生まれ変わるためには必要な通過儀礼だった。
「この世界でも同じような環境場所があるかどうかは知りませんが、一般的に魔法が存在する世界だったんです。俺自身は結構適正があったのか治癒魔法を中心に様々なものが使用できました。相棒は治癒魔法を初め殆どの魔法に適性が無かったんですが、あの場面でも俺の心臓が完全に止まる前に…いや止まっても直後であれば強力な治癒魔法が使える者かそういった道具を持つものが間に合えば生き残る可能性はありますね…期待しても仕方ないですが」
また笑う。
スプラスにはココで笑うのが怪訝に思われたのだが、バーカンティンには多少その気持ちも理解できた。
既に起こってしまったことに対して何を思ったところで手の打ちようは無いのだから。
「この世界の魔法は『神』に由来するものが殆どで、俺が知る限り『神』と直接関係の無い魔法体系は10もないな。それにそれほどの強力な治癒魔法ともなればやはりどこかの神属系だろう」
「やはりそうですか」
そう言いながらも残念そうでもない。
「俺達にとって近いもので一番身近なのはブレースの使う魔法なんだろうが、あれも考えようによっては神属系だしな」
「あー…そうなるのかなぁ…」
スプライスもブレースの使用する魔法について考えてみるが、『守護者』としての能力かと考えればやはり『神』の力の及ぼすところなのかもしれない。
「まぁ」
とカティサークへ振り向き
「大切な人を悲しませたくは無いよな」
伝わってきた感じからして、どのような種類のものにしても先ほどの黒髪の青年はこのカティサークにとって大切な人のはずだ。
「そうですねぇ…」
自分ではどうにもすることが出来ない故にやはり笑うしかない。
ここにいる限り、どのカティサークも自分の世界においては無力なのかもしれない。
いや、この世界のカティサークもこの世界においては無力だから自らを封じるしか手がなかったのだろう。
そこでふと、バーカンティンは過去の自分を省みてみた。
前世での自分は、自分に対して何か行っただろうか。
ボンヤリと思いつくものはあってもはっきりしない。
何年生きていても、どんなに力を持っていても、出来ないことはできない。
結局はそこに落ち着くのかもしれない。

特に『死』に関してはそうだ。

前世においては自ら望んだところは有るとは言え、一度定まった『死』は覆らない。
同様の似た状態もしかり。
「あぁ、そうか……」
カティサークから付与された力により入ってきた情報を見ても思う。
「この島にいる奴は『死』を受け入れられない奴なのかもな」
自らの『死』という状態を信じたくないものもいるだろうし、信じてはいけないものもいるだろう。
人の『死』も受け入れたくは無い、という者もいるだろう。
さらに、場合によっては『死』を覆すことが出来る可能性もこの島は秘めている。
バーカンティン(前世)は覆った者。
「……」
過去の自分の行動、決断。
今の自分がどうしたいのか、ここにも参考できる問題がある。
「…この島にいる間に得た話なのですが、この島のいくつか有る別名。バーカンティンさんは知っていますよね」
思案顔になったバーカンティンに優しく問いかける。
「ん、僕もいくつか知っているけど…?」
なんとなくスプライスも口を挟んでは見たが、バーカンティンの横顔を見てそれ以上言うのを辞めた。
バーカンティンが常に悩んでいることをスプライスは知っている。
表に出さない時が殆どだが、前世の記憶を思い出して以後ずっと悩んでいる。


人間として生き、老いて、死んでゆくか。


人間を捨ててスプライスと共に生きてゆくか。


後者を選んだとしてもその方法は分からない。
「どれのことだろうか…」
視点によってこの島の名称は様々に変化する。
「『始まりの地』とか」
その名称にはバーカンティンもハッとしたが、スプライスも顔を上げた。
「一言で『始まり』と言ってもこれも色々あるのでしょうが、やはり『始まりの地』なのではないでしょうか」
この島に『現人神』が眠ることによって、『神』から開放され新しい生活が『始まる』人。
この島で眠ることによって神と人とが分離し、人としての人生が『始まる』人。
その他もあるかもしれない。
確かに前世のバーカンティンもこの島で眠ることによって、起きた後の生活は一変した。
新しい生活が始まった。
「カティサークがこのままどうなるかは分かりませんが、本人が言っていたように眠るとしても長い時間だと思われます。新しい何かが始まると良いですが…」
作品名:SPLICE ~SIN<後編> 作家名:吉 朋