SPLICE ~SIN<後編>
「カティが目覚めればヴィラも目覚めるのかな」
ふと近くの家へ視線を投げる。
「カティサークが目覚めれば…」
その可能性は低いだろう。
スプライスも分かっていながらつい口にしてしまった。
カティサークはこのような形で会うことが出来たが、ヴィラローカとはもう会うことは出来な可能性が高い。
「ちゃんとバーカンティン紹介したかったんだけどなぁ…」
当初のこの旅の目的だ。
行方が分かり姿を見ることは出来ても会話することが出来ない。
やはり、死んでいるのと同じだ。
「そうだな…」
自分も紹介されたかったとバーカンティンもため息をつく。
そんな様子を見て、
「やはりスプライスさんはこの島で眠るべきではない人ですね」
先ほどのバーカンティンの感想も踏まえて、死(もしくは類似状態)を受け入れようとするスプライスへの感想だった。
「とりあえず俺はいつでも現れることが可能ですから用があれば呼んでください」
そういってカティサークは姿を消した。
その姿の消し方をされるといつ何所から見られているか分からないとは思うのだが、そんな状態にも慣れてしまったのか落ち着かないということは二人とも無かった。
スプライスの要望でもう一度ヴィラローカの元へ行き、その姿を目に焼き付けるかのように見つめる。
「旅の目的は果たしたが、どうする?」
段々と落ち着いてくるように見えるスプライスの背にバーカンティンが問いかける。
「んー…とりあえず帰ろうか。スクーナ様にも結果を伝えないと」
何年も会わないことも幾度も有ったのに、思い出すとト・スクーナもエ・ラティーンも懐かしい。
「きっとブリガンティン達にも会えるよ」
今生では初めてだろう、バーカンティンがブリガンティンと半年近くも会わなかったこと。
今回旅の途中で会っているがその程度だと考え、共に生活していないともなれば一年以上になる。
旅の目的を果たして後は帰るだけだが、次のことを考えるのは帰ってからで良いとバーカンティンもボンヤリ思った。
常に付きまとう、制限時間つきの悩みは忘れることは出来ないが、リセットしてみるもの悪くないと思い始めた。
『始める』ために。
「『守人』に挨拶して帰ろうか」
動かぬヴィラローカは、やはり動かない。
自分たちは流れる時間を歩まねばならない。
「あー…そんな人もいたね」
ヴィラローカの話を聞きたがっていたのはスプライスのほうのはずなのだが、カティサークの話によりバーカンティンの思ったとおり必要はなくなったようだ。
「二人にはここにくればいつでも会える」
バーカンティンについては分からないが、少なくとも三人はこのまま長い時をこのまますごすことになるだろう。
もしバーカンティンが死んでも。
「…そうだね、いこうか」
振り返ったスプライスはすっきりした表情をしていた。
守人の元へ行き、スプライスはそれまで失念していたことを思い出した。
『どうやって帰るのか』
という問題。
「定期船もありますし、それ以外にもちょくちょく船は来ます。呼びたいときは呼べば来ますよ」
守人の一族に伝わる、最寄の島と交信を取れる魔法の道具があるとのことだった。
「お前泳いで行く気だったか?」
泳いでも2日も掛からないと思われるが、バーカンティンがもたないだろう。
とは言えスプライス自身も泳いで行く気など毛頭無かった。
そうやって船を呼んで貰い待つまでの時間が無性に胸に空虚が去来する時間だった。
50年前のこと、この旅のこと、カティサークとヴィラローカの現在の姿。
50年前の時点でもう二度と会えないだろうと思っていた。
バーカンティン生誕が、二人が生きていそうなギリギリの時間だったために思わず会わせたいと思ってしまったこと。
普通なら、生きているか死んでいるかだけの結末だったのだろうが結果は一年を越える長い旅と予想しなかった結末。
もしかしたら、はっきりと死んでいたほうがスプライスの気持ちもさっぱりと全てを受け入れられたのかもしれない。
生きているような、死んでしまったような微妙な状態というのは生きて時間を過ごすものには手も足も出せず無為に時間が過ぎてしまう、取り残されたような感じが強い。
今まで幾人の人の生と死を見たか分からないほどだが、中間というものほど後に尾を引くものはないと思っている。
ただ、こういう生きながらえ方もあるとは思ってしまった。
バーカンティンに対してだ。
それは望んではいけないと、やはり自分の首を絞めるだけだと思考を切り替えるがバーカンティンの決断についてもスプライスは日々怖いと思っている。
船が来て出港のとき。
見送りは二人だった。
ヴィラローカの元で出会った守人と、ヴィラローカの元で話したカティサーク。
守人の男もカティサークを見て驚いたようだったが、この島に暮らすだけあって状況を飲み込むのも早かった。
「『カティサーク』はいつでもここにいます。是非またいらしてください」
冗談めかして笑って告げたが、半分以上は真意かもしれない。
守人とは
「お元気で」
それだけだった。
それが一番なのだろう。
「スプライス」
バーカンティンが隣のスプライスを見上げる。
振り向けば真摯な視線があった。
「始めよう」
初めからわかってはいた。
本当に今生のバーカンティンとスプライスの困難が始まるのはここからなのだ。
作品名:SPLICE ~SIN<後編> 作家名:吉 朋