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SPLICE ~SIN<後編>

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抱き上げて初めて、バーカンティンが全身で息をするほどに疲れていることを知った。
こんなになっているバーカンティンに気づかなかった自分が悔しい。
「スプライスさん、絶対に落とさないでくださいね?」
二重の意味を込めてカティサークが微笑むと、今度は容赦なく走り出した。
「もっと早くてもいいよ!」
速い方が、眠気が飛ぶような気がした。
「…!」
思わずバーカンティンが首にしがみついてくる。
「コレで転んだら俺もお仕舞いだな!」
コレで転んだら確かに腕の中のバーカンティンもいたるところ強打でどころではすまないだろう。

スプライス一人分の足音だけが洞窟内を出口に向かって走る。





外に出ると空は半ば夜空で、風が吹いてくることで眠りかけていたスプライスも外に出たのだと分かった。
殆ど目蓋も閉じかかっている。
投げ出しそうだった腕の中のバーカンティンを何とか投げずにそっと地において、スプライスは四肢を地についていた。
バーカンティンは座り込んで洞窟の方を見る。
「ありがとう」
バーカンティンが声を上げたことで、スプライスもカティサークに声をかけなければと頭を上げる。
「…あれ……?」
そこには二人以外誰もいなかった。
そんなスプライスを少し悲しそうに見て、バーカンティンは洞窟の方へ向けて声をかける。
「やはりそこから外はむりなのか?」
バーカンティンには洞窟入り口から少し出た辺りに立つカティサークが見えていた。
「短時間ならば可能でしょうが、今回は力を使いすぎたようです。これ以上ココから離れれば貴方からも見えなくなってしまいます。スプライスさんに見えるように姿を現すのは無理です」
カティサークも、視線をさまよわせるスプライスを少し悲しそうに見る。
「わざわざこんな所まで、本当にありがとうございました」
「こちらこそ押しかけてすまなかったな」
「いえ、この状態になって人と会話することがあるなど思いもしなかったので嬉しいです」
「そうだな、俺は200年誰とも話さなかった…まぁ時間も経つの早いだろ?」
「そうですね」
スプライスにはバーカンティンの声しか聞こえていないが、それで分かった。
カティサークは確かにそこにいるらしい。
「カティ、改めて、ありがとう」
視線を合わせることは出来ないが、バーカンティンの視線をたどって大体の位置にさまよわせる。
「こちらこそありがとうございました」
洞窟の奥で初めてバーカンティンが見た表情をまた浮かべて返す。
「…だって」
バーカンティンがつたえて、スプライスはウンウンとうなづいた。
「バーカンティンさん」
スプライスの様子を見ながらも、声をかける相手はバーカンティン。
「?」
スプライスに流した視線を戻す。
「貴方のその力、この島にいる間はそのままにしておきます」
諸刃の刃であることはお互いに分かっている。
「ありがとう」
再び礼を言うと
「がんばってください……」
それだけ言い置いて……スゥッと風に掻き消えるように見えなくなった。
カティサークが消えたことで、周囲の空気の流れがひんやりとしていることに気づく。
横をチラリと見ると、洞窟の方を見つめ続けるスプライスがいた。
相変わらず目蓋は重そうだ。
「もう寝ても大丈夫だぞ?」
「…え?」
当然カティサークの姿が見えていなかったスプライスは何が起こっているのかわからない。
バーカンティンとしては姿が見えなくなっただけかもしれないという思いもあるが、空気が変わったことから精神体の中心も戻っていったのだと感じていた。
「もう行ったよ。『精霊』を出したことは相当な負担だったらしいな」
ハーと息を吐いてその場に大の字になる。
半ば暗かった空は、ほぼ夜空に変わっていた。
どうやら夕暮れだったらしい。
「あまりお礼いえなかったな…」
本来はそれが言いたくて旅をしてきたはずだったのに、最後の最後が慌しかった。
「言えばいいじゃないか。この島にいる間は聞こえているはずだ」
「そう?なら沢山いえるね」
ヘヘッと笑って、バーカンティンの横にねっころがった。
空を見ると、洞窟に入る前に見た夜空と同じように星が瞬いている。





暫く夜空を見ていたが、スプライスは逆に眠気が飛んで行った。
フとバーカンティンがどうしているかと横を見ると、スプライスの気配に気づいたのか眠気を感じていないパッチリとした視線が返ってくる。
「お前らしい知り合いだったな」
「え?」
何が言いたいのか良く分からない。
上体を起して、バーカンティンに触れることが出来る位置まで移動した。
バーカンティンは寝たまま空を見上げる。
「お前の周囲に常人はいないってこと」
自分も含めているらしい。
「んー……」
周囲の人を浮かべてみる。
バーカンティンに始まり、ブレース、ブリガンティン、ト・スクーナ達使神官、シップ等。
いや、これらは特殊な人だと除外してみようとするが、他で浮かぶ人もいなかった。
ほかは…過去の人たちがいるが、やはり自分自身が特殊なためか普通の人と普通にかかわったことは殆ど無いと思い至る。
「カティたちは普通だと思ったんだけど…」
と口にしたところで
「それはないか」
思い出す。
「ヴィラローカは、カティのお姉さんのね、は、普通だと思ったんだけどなぁ…」
石化した姿を思い返し、服の下につけている首飾りを思い出す。
思い出しながら服の上から触れ、それをバーカンティンが見ているのを感じて下から引っ張り出した。
純白と、漆黒の羽が二枚括られて下がっている。
両方ともヴィラローカのものだ。
正確には、純白の翼を持つヴィラローカと漆黒の翼を持つヴィラローカそれぞれの羽。
純白の羽はスプライスを温かく包み込み、漆黒の羽は外部からの障害より守ってくれる。
純白の翼のヴィラローカとはバーカンティンの前世の姿のことで、あまりバーカンティンには見せたくないために普段は服の下にしていた。
翼を持つということは『人間』ではないということ。


人間ではなかったバーカンティン。
人間になりたいと望み、『人間』になった現在のバーカンティン。
しかし人間でいる限りは寿命が来て再び死んで朽ち果てる運命が待つだけだ。
人間にはなりたかった。
ただ、人間になったが故に弊害も多かった。
スプライスを好きだと、共に居たいと強く思う気持ちが出てしまった。
共にいるには『人間』ではいられない。
それが現在のバーカンティンの悩みだった。
前世で唯一つ強く願った姿が今の姿。
それを捨てて元に戻りたいのか。
逆に戻ってしまったらスプライスを思う気持ちが薄らいでしまう、もしくは消えてしまうかもしれないという怖さ。


スプライスもそれが分かっているから、羽はあまり見せなかった。
ただ、お守りであり実際効力もあるために今更肌からはなせない。
逆にどうこうするよりも、自然にしていた方が良いとも思った。
漆黒の羽も含めて。



*****



荷物の置いてあるヴィラローカのいる集落にたどり着くと、バーカンティンはその集落の見える辺りで足を止めてしまった。
「どうしたの?」
スプライスが顔を覗き込むと、見る間に表情が呆然としたものから驚愕に変わり最後には悲しそうなものになった。
「バーカンティン?」
作品名:SPLICE ~SIN<後編> 作家名:吉 朋