Mother&Son
― トロント市内のとある楽器店 ―
サラは15年もの長きにわたりこの店で働いており、7年前にその店長になった。彼女の専門はヴァイオリンだが、5年目からはほかのさまざまな楽器にも詳しくなった。
しかし、今日のサラは妙にギターに目が行っている。
(わぁ、このギターいいな〜。試し弾きしたいよ)
さらに、彼女は軽くエアギターを始めた。
彼女の様子を見ていた若い店員のアニタとミッシェルが、ひそひそと話している。
「今日の店長、何だかギターばっかり見てる」
「ええ、確かにそうね。それも、まるでバンドに憧れる10代の子が、ギターを見て目をきらきらさせてるみたいに」
今の店長の「中身」は、実際にバンドをやっている10代の子であるのだが…。
そうしていると、1人の初老の男性が店に入ってきて、サラに尋ねた。
「ちょっと失礼。『ヴァイオリン協奏曲 ホ短調』の楽譜はあるかい?」
タイトルだけを言われても、クラシック音楽に疎いスティーブンにはよく分からない。
「『ヴァイオリン協奏曲 ホ短調』と言いますと、作曲者は誰でしょうか」
その男性客は、少し見下したように言った。
「やだなぁ、メンデルスゾーンの曲に決まってるじゃないか」
サラは、120%つくり笑いをした。
「あぁ…そうですね。ただ今探してまいりますので、少々お待ちください」
その場を離れると、ちょうどいいタイミングで店員のエレナを見つけ、話しかけた。
「ねえあなた、『ヴァイオリン協奏曲 ホ短調』の楽譜ってどこにあるか知ってる?」
「え?やだ、店長、それなら楽譜コーナーにありますよ」
「楽譜コーナーね、ありがとう」
(どこだ〜?楽譜コーナー)
サラはきょろきょろしながら移動し、楽譜コーナーを見つけてクラシック分野をあさるように見回して、探していたものを何とか見つけた。
「あっ、これだ!」
そしてそれを客のもとに持っていった。
「こちらでよろしいですか」
男性客は、その楽譜に目を通した。
「あぁ、これだよ。しかし、見つけるまでちょっと長かったねえ」
「申し訳ありません」
「まぁいずれにせよお目当てのものは見つかった。これを買おう」
こうして、ちょっとした難は去った。
「ありがとうございました〜。どうぞ良い1日を」
Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)
それからおよそ10分後、今度は、まだ小学校に上がっていなそうな女の子とその母親とおぼしき女性が来店した。
「ヴァイオリンのお医者さんに治してもらってね」
母親に言われて、その小さな女の子は、子ども用のヴァイオリンをサラに差し出した。
「は〜い、今治してあげますね〜」
(どうしよ〜〜!?俺、ヴァイオリンの扱い方はよく知らないんだ…)
かわいい口調で対応したが、スティーブンは内心ひどく困惑していた。母親の仕事場には子どもの頃から何度か行ったことがあるものの、ヴァイオリンのメンテナンス方法はじっくり見たことがなかったのだ。
小型のヴァイオリンを持って作業場へ行こうとすると、頭がクラッとした。
(うわ、ただでさえやばい状況なのに頭痛とかマジ地獄だよ…)
そこで、休憩室の近くに居たミッシェルを呼び、こう言った。
「お願いがあるんだけど、私の代わりにこのヴァイオリンの弦、直してくれない?私、頭がすごくフラフラしちゃって、とても作業できそうにないの…」
「えっ、あ、はい。分かりました」
サラは休憩室に入って椅子に座り、テーブルに突っ伏した。
彼女に代わり、ミッシェルは切れた弦を外し、新しい弦を通したあと、音を合わせて、しっかりと直したのだった。
「おいしゃさん、どうもありがとう」
ちゃんとお礼を言って、幼女は元気になったバイオリンを背負ってお店を後にした。
店員たちは、またひそひそ話をした。
「やっぱり今日の店長、何か変よ」
「そうよね。いつもなら張り切ってヴァイオリンの弦の張り替えとかするのに、あんなに調子が悪いなんて」
「楽譜のある場所も忘れてたしねぇ」
「いったいどうしちゃったのかしら…」
店員たちは、難しい顔をした。
Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)Σ(・□・;)
作品名:Mother&Son 作家名:藍城 舞美