Mother&Son
― ２０３２年９月某日
サラ・シュルツは少し寝過ごしたため、急いで準備をして家を出た。ちょうどそのとき、息子のスティーブンが忘れてたウォレットを取りに、自宅に向かって全力疾走してきた。
「ど、どいて！」
スティーブンはそう叫んだが、時すでに遅し。この母子は、正面衝突した。
「痛ぁ〜」
「痛って…」
痛そうにしていたが、母子共にほぼ無傷だった。
「走るときもちゃんと前に注意して走りなさい」
そう言ったのは、何とスティーブンのほうだった。
「うん、ごめんね、母さん」
答えたのは、サラだった。
「って、えええ〜〜〜！？俺が居る！？」
「えええ〜〜〜！？あなたは私！？」
スティーブンも叫んだ。
「「ＮＯ〜〜〜！！」」
彼らは悲しくハモってしまった。
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サラとスティーブンは、取りあえずいったん家に入った。
「どういうこと！？私がスティーブの体になってるなんて」
スティーブンが困り果てた顔でその母に尋ねた。
「知らないよ。それはこっちが聞きたいよ」
不安といら立ちが混じった声で、サラが言った。ほんの少しの沈黙のあと、スティーブンが言った。
「あぁ、思い出したわ！さっきおまえと母さんがぶつかって、それで人格が入れ替わっちゃったのよ」
「えぇ！？何だそれ。すごく不気味な話だなぁ」
「昔、日本のホラー映画か何かでそんな話があった気がする」
美男美女とはいえ、もし他の者がこの母子の有様を見ていたなら、ある意味で不気味な光景に見えただろう。
「それがリアルで起こるなんて…。それより俺、ウォレット取りに行かなきゃ！マネジャーさんを待たせてるんだ！」
そう言って、サラがスティーブンの部屋に急ぎ、目的の物を持って再び家を出発しようとした。すると、スティーブンの外見のサラが止めた。
「ストップ！母さんが突然マネジャーさんの所に来たら、ちょっと変でしょう？」
「それもそうだね」
「だから、ウォレットをこっちに渡して。今日はほかの人にバレないように動きましょ」
「…うん」
こうして、奇妙な時間が始まった。
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トロントの某音楽スタジオにて。スティーブン以外の「ＬＯＶＥ ＢＲＡＶＥ」のメンバーが既に集まっている。
「すみません、遅刻してしまいました」
本当に申し訳なさそうにスティーブン（人格はサラ）が言うと、
「ちょっと遅かったね。すぐに準備するんだ。ライブのリハを始めるよ」
フィルが、軽くいら立ったように言った。
「…あら？私…いや、俺の楽器どこでしたっけ？」
すると、ヒューゴが不思議そうな顔をした。
「…『私』？」
「あ、いや、気にしないでください」
「…いつもの所だ」
「あ、はい」
（今日のスティーブン、何かがおかしい）
ヒューゴは、相棒ギタリストの異変に何となく気付いていた。
そして、リハが始まった。しかし…。
（どうしよう。私、ギターのメンテナンス方法とかは知ってるけど、ギターを弾くのはあまり得意じゃないの…）
サラの心は落ち着かなかった。そんな彼女（？）をよそに、フィルが１曲目に演奏するナンバーのタイトルを叫んだ。
「『Ｕｐｐｅｒ Ｌｏｖｅ』！」
（ああ、よくライブで演奏する、あのゴキゲンなナンバーね）
彼女はその曲はよく知っていたが、正直、ギターコードは知らないのである。
ドラムの人がスティックでカウントを始めた。
（あれ？スティーブ、どうやってたかしら？）
ヒューゴのエレキギターの鋭いサウンドは響いたが、スティーブンのギターのサウンドが全く聞こえなかった。
「なぁスティーブン、そこはおまえとヒューゴのギターユニゾンだよ？」
ジミーがちょっときつめに言った。
「あっ、ごめんなさい…」
（まずいわ。このままだと失敗が続いてメンバーに怒られて、スティーブの信頼がなくなっちゃう……そうだわ）
「実は俺…昨日、腕を強くぶつけて、すごく痛いんです」
スティーブンは、捨て身のうそをついた。
「そういうのは前もって言えよな」
ジミーがため息をつくと、怒ったように言った。メンバーもスタッフも、大弱り。
（腕のけがのことで、お母上と相談してたのかもしれない。だから遅刻したのか…）
根は純粋なフィルは、うそを信じたようだ。
こうして、メンバーが１人でも離脱してはリハーサルは成り立たないという意見で、プロデューサーのセルジオ・カレドン氏の指示によりあっさり延期となった。
「スティーブン、できるだけ早く腕を治しとけよ」
「次は万全なコンディションで臨もうな」
ヒューゴとジミーが口々に言うと、スティーブンが返した。
「はい。必ず治しておきます」
フィルが少年の肩に手を置き、語りかけた。
「体は大事にしろよ」
「あ、ありがとうございます」
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スティーブン（心はサラ）はどんよりした気持ちで帰路に就いた。
（はぁ…。みんなにすごい迷惑掛けちゃって、うそまでついて、申し訳なかったわ）
しかしながら、わが子が既にバンドの一翼を担っていることが分かり、うれしくもあった。
一方、他のメンバーは…。
「今日のスティーブン、何かがおかしかったよな？」
ヒューゴに尋ねられ、ジミーが答えた。
「あぁ…確かに」
「まず、１回だけだったが、一人称が『私』だった。それから、声のトーンがいつもより少し高かった」
フィルも相づちを打った。
「あ、そうだね」
「あいつに何か起こったんだろうか」
ヒューゴ、フィル、ジミーは、首をひねった。
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作品名：Mother&Son 作家名：藍城 舞美