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白い木箱

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「そうか」と僕は赤い肉汁をたっぷりとたたえたフィレ肉を切りながら言う。「お母さんも、お前みたいに酒が強かったら、頭から落ちんで済んだかもな」
「どうかな。そういえば」とヒロは言って、ズボンのポケットに手を入れる。
「なんや」
「いや、また後で話すわ」ヒロはポケットから手を出して再びナイフとフォークを手に取る。「ちょっと相談したいことがあったんやけど、美味いもの食べながらする話でもないなと思って」
「なんや、えぐい話か」
「別にそうじゃないけど、まぁ後でええやん。それにしてもこのステーキのソース、なんかめちゃ酸っぱいなぁ」
「バルサミコソース。熟成させたお酢や」
「なんやそれ。焼肉のたれでええのに」とヒロがぼやく。
 メインディッシュが済むとカゴいっぱいのチーズとパンが来て、その後でまだデザートが3品やって来た。僕たちは時間をかけて全ての料理を胃袋に隙間なく詰め込む。
「完全に満腹や」最後に運ばれて来たコーヒーを飲みながら僕は言う。「どや、いい成人祝いになったやろ」
「ありがと」ヒロはすこし恥ずかしそうに礼を言う。「成人式行かんかったから、今日のこれが俺の成人式ってことにするわ」
 ヒロはそう言って再び天井のシャンデリアを見上げる。「店からしたら迷惑かもしれんけどさ」
「迷惑やて言われたら、出て行ったるから全部タダにしろ、て言うわ」と僕は笑う。

 レストランを出てもまだ終電までに時間があった。もう一軒、あえて入りにくいバーに飛び込みで入ってみようと僕は提案する。
「ええけど、ぼったくられたりせんの」ヒロが不安そうに言う。
「どうせ数万しか持ってないし、あるだけ渡して終わりや」と僕は開き直る。
 人ごみの繁華街を抜け、細い道を選んでだんだんと暗い方に歩いていく。人もまばらになったところで、僕たちはBar MILLIONAIREと書かれたショットバーの看板を見つける。
「バー・ミリオネアやて。この店にしよか」
「暑くてもう歩きたくないから、ここにしよ」とヒロはうなづく。木の扉を開くと、柑橘類とタバコの煙が混ざった匂いが流れてきた。
「いらっしゃいませ」と、猫目の女性バーテンダーがカウンター越しに声をかけてくる。店内は天井が高く開放的で、カウンターは大理石でできている。席に座りジントニックを二つ注文すると、猫目のバーテンダーは淀みない手つきでカクテルをつくり、僕たちの元へ届けてくれる。
「ええ雰囲気の店やな」と僕はジントニックを一口飲んで言う。「カクテルも美味しいし」
「大人って感じがするわ」そう言いながらヒロはごぶりごぶりとジントニックをひとくちで八割がた飲んでしまう。グラスに入っていたのはアクエリアスなのではないかとさえ思えてくる。
 バー特有の上品な沈黙がしばらく続いた後で、最近おばあちゃんといつも京都に行くんやけどさあ、とヒロが話し始める。ヒロがこっちを見ないで話すせいで、まるでカウンターに置かれたキャンドルに向かって話しかけているように見える。
「病室で、いつもおばあちゃんは俺と兄ちゃんの話をするねん。
 俺たちが家に来た時にどんなに心が潰れそうだったかって話から、俺らが高校を卒業するまでの辛抱のこととか、何回も何回もおんなじような話するねん。
 お母さんは意識がはっきりしてる時はクソッタレとかボケとか、ひどい時は訳わからんくなって、ここはどこや、ここはどこや、とか大声で叫ぶから、いつもおばあちゃんはお母さんが寝てる時か、意識がまだらな時に話をするねん。俺はその後ろでセンター対策をずーっとやってるんやけど、おばあちゃんはシュークリーム食べたり、アイスコーヒー飲んだりしながら、お母さんの足とか肩とかを撫でて、話し続けてるわ。
 俺も病室で座ってるだけやとしんどいから、ロビーとか、病院の周りを散歩したりするねん。自動販売機も一つしかないしバスもほとんど来えへん山の中なんやけど、川に向かってせり出た崖があって、そこから京都市内が見れて綺麗やねん。
 おばあちゃんとなんでこんな飛び込みたくなるような崖の近くにこの施設を建てたんやろうなぁって話すくらい、そこの景色は綺麗なん。天気のいい日は俺、その崖のそばの芝生で昼寝するねん。暗くなるまで眠って、寒くなって目が覚めて部屋に戻ったら、おばあちゃんがベッドにもたれてお母さんと仲良さそうに寝てて。俺は持って来たカップラーメンにお湯入れて、それを見ながら食べるねん」
 そこまで語るとヒロはジントニックを飲み干してテーブルに戻す。氷がグラスの底を叩き、固い音を立てる。
「さいきん俺は、お母さんがケガしたことを嬉しいと思ってるんかもしれん、って思うことがあるんや。
 ほら、俺たち、ずっとお母さんと一緒におられへんかったやろ。やっとお母さんがじっとしててくれるようになったっていうか、お母さんに俺の人生がやっと、追いついたような気がしてるねん。
 そんなこと考えてたら、俺もおばあちゃんみたいにお母さんのほっぺたを撫でてみようと思ったんや。そんで何十年振りかしらんけどお母さんの肌に触れたら、なんていうか、すごい小さかった頃のお母さんとの記憶が一気にいろいろ蘇ってきたわ。お母さんの肌の感触って、何年経っても記憶として覚えてるもんなんやな。その時くらいからやっと、ああ、お母さんはいまここにおるんやなって、心の奥で理解できた気がした」
 いつしか僕は何も言わず、ヒロと同じように目の前にあるキャンドルを見つめていた。空調の風に煽られて炎が踊るように揺れている。
「これ美味しいわ」ヒロは氷しか入っていないグラスをもう一度傾け、底に溜まった水滴を愛おしそうに飲む。
「うん」とだけ応えて、僕はとても喉が渇いていることに気づき、ジントニックを飲み干す。ジンとライムの爽快な香りを鼻の裏で感じる。
「まだ飲めるやろ、お代わりもらおか」僕は話題を変えようと、カウンターの端でフードの仕込みをしていた猫目のバーテンダーにジンフィズを二つ注文する。彼女は華麗な手つきでカクテルをつくり上げると、静かに僕たちの目の前に置く。
「失礼ですが、もしかしてお二人はご兄弟ですか」と、猫目の女が話しかけてくる。
「ええ、10歳違い。わかりますか」僕はジンフィズを一口飲んで答える。
「仲よく同じものを注文されますし、なんとなく。こちらがお兄さんですよね?」猫目のバーテンダーは人懐っこい笑顔を見せ、僕を手で指し示す。
「そう、弟の方がごついんです」そう言って僕は笑う。ヒロも愛想笑いを浮かべる。
「すごくいいお店ですね、カクテルがほんとに美味しいです」
「ありがとうございます。自分でもいい店だと思っているんですけど、まだオープンしたばかりであまり知られていなくて」と言って、猫目のバーテンダーは笑う。
「へぇ。もしかして、あなたがマスター?」と僕は尋ねる。
「はい、十代からホテルで修行していました。ちょうど独立を考え出した頃に先代のマスターとのご縁で、8年前に閉店したこのお店を去年から再オープンさせることになって」彼女はショップカードを僕たちに手渡す。そこには時代を感じさせるフォントで、

一期一会の止まり木 Bar MILLIONAIRE

と書かれている。
作品名:白い木箱 作家名:追試