二度目に刺される
「その通りです。だから、一度でもスズメバチのようなハチに刺された人には、医者は説明していると思います。もっとも早紀さんの場合は子供の頃のことだったので、両親にしか話していませんけどね」
「じゃあ、早紀は今回、そのアナフィラキシーショックに遭ったと?」
「そうです。でも、早紀さんの中の生命力のようなものが強かったんでしょうね。死の淵からよみがえったという感じです」
医者は続けた。
「早紀さんの血液型も、お坊ちゃんの血液型も、お二人とも特徴のあるもので、何も知らない大学病院の医者は、早紀さんに対してお坊ちゃんの血液を通り一遍の検査だけで輸血を施したんでしょうね。私だったら、恐ろしくてできません」
「どうしてですか?」
「ここからは、本当に今まで秘密にされていたことだったんですが、実は、お坊ちゃまと早紀さんは、本当は血の繋がりはないんです」
「えっ?」
健太と早紀は同時に声を挙げ、健太は恐る恐る早紀の顔を見た。早紀の方はすでにこちらを向いて、目をカッと見開いていた。
――可愛い――
不謹慎にも、そう感じてしまった。
血が繋がっていないと聞いた瞬間から早紀への見方が完全に変わってしまっていた。
――早紀もそうだったら嬉しいな――
健太は、この大事な衝撃の事実の告白シーンで、そんなことを考えていたのだ。
――早紀を好きになっていいんだ――
玲子と別れた原因も曖昧に思っていたが、
――ひょっとすると自分の目が玲子を見ているつもりで、玲子の後ろに早紀を見ていたのかも知れない――
と感じていた。
「でも、輸血はうまくいきましたよね?」
執事が口を開いた。
「ええ、それが不思議だったんですよ。普通なら輸血の時に、拒絶反応を示すかも知れないはずだからですね。何しろ、早紀さんには以前ハチに刺されて、抗体を持っていたので、普通の状態ではなかったはずですからね。そういう意味では奇跡だったと言えるかも知れません。でも、そのおかげで、今回の輸血がうまくいくことになった。本当に命が危なかったアナフィラキシーショックを引き起こしていた時にですね。だから、最初の輸血で、早紀さんの血液に変化が起こったんじゃないかって思ったんですよ。それは二人が奇しくも珍しい血液だったことが幸いしているんでしょうね。そういう意味でも、ご両親に、二人にもそろそろ本当のことを言ってみてはいかがかって話してみたんですよ」
「じゃあ、知らなかったのは、僕たちだけ?」
「そういうことだ」
さすがにショックは残ったが、早紀に対して自分が正直になっていいと分かると、安心した。
「でも、僕の本当の両親は?」
「お父さんは、もう亡くなったんだけど、お母さんはちゃんと生きているよ」
と言って、せつさんを前に出した。
「彼女が君のお母さん」
せつさんは涙を浮かべている。本当は抱き着いて、親子の名乗りを涙で演出したかったが、涙が出てくることはなかった。分かっていたような気がしたからだ。
家では自分を避けていたのだから、分かってしまうと、
――やっぱり――
とすぐに納得できることだった。
とにかく早紀とは血の繋がりはないのだ。
「ところで早紀さんの身体なんだけど、今は特殊な身体になっています。つまり、アナフィラキシーショックの状態のままだということです。でも、次第に症状は薄れていきます。今の状態でも、別に問題があるわけではありません。逆に危険な状態を脱しているという意味ではいい状態だと言えるでしょう。あと一つ言えることは、彼女や健太さんのような特殊な血液を持った人がたまに記憶が欠落したような状態になることがありますが、その時は、アナフィラキシーとは限りませんが、アレルギーのショック状態だと言えるかも知れません。でもそれも気にすることはありません。本当の記憶喪失のようなことではないので、いつかは思い出します」
健太は、自分が骨董が好きなのを思い出した。ガラケーに興味があったり、それも何かのショックなのかと思っていた。
それから二人は急接近したが、ある時を境に、恋愛感情が冷めてしまっていた。
「ハチって、人を刺すと、すぐに死んじゃうらしいわ」
とふとした話から早紀に言われて、ハッとした。それが気持ちを冷めさせることになるとは思ってもいなかった。
本当は、ハチが刺して死ぬのは、ミツバチであり、その中でも一部だけだという。別荘のお姉さんから聞かされたことだと、後から思い出したが、後の祭りだった。
この思いも、ハチの毒で死ぬわけではなく、抗体と反応して引き起こすアナフィラキシーショックという皮肉めいた結果になるのと似ているのかも知れない。
「何にしても、スズメバチに二度目に刺されることは、絶対に避けなければいけないことだ」
そんな教訓を死ぬまで忘れることのない健太であった……。
( 完 )
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