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マル目線(後編)]残念王子とおとぎの世界の美女たち

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そしてシンデレラ


それから一年。

王子は19歳になった。

昨日は、近衛隊長と人魚姫の結婚式があった。

出席した王子は、本当に嬉しそうで、ようやく肩の荷が下りた、と安堵の表情を浮かべていた。

二次会にまで参加した王子は、夜遅くに帰って来たにも関わらず、夜明け前に起きた。

そして夜明けの頃に、こっそりと厨房でお弁当を作り、城を抜け出す。

(あれ?)

リンちゃんの厩舎に、お弁当と水筒が置いてある。

「あ~あ、忘れて行ってる。」

こういうところが、たまらなく愛おしい。

私はそのお弁当と水筒を胸に抱きしめると、王子の後を追った。

「おなかすいたね~、リンちゃん。」

(そろそろ、お弁当を届けてあげようかな?)

「でもマルにバカにされるから、内緒にしといてよ。」

(…出ていかない方が、いいかな。)

どうすべきか迷っている間に、王子が果樹園へ入って行くのが見えた。

そして、またひとりの美少女と王子は出会った。

(また、いつもの『一方的に好きになられてうんざり』パターンかな。)

そう思いながら、樹上で王子のお弁当をのんびりと食べる。

王子はすっかりおにぎりが気に入ったようで、自分でも作るようになった。

(塩加減がちょうど良くて、おいしい。)

王子お手製の塩にぎりを食べながら王子の様子を眺めていると、どうやら今回はいつもの女性のタイプと違っているようだ。

王子の美貌にも態度を変えず、なかなか冷静に…というか冷ややかに対応している。

初めてのタイプに、王子も心を惹かれたみたい。

(ついに、運命の女性と出会ったのかな?)

私は喉の奥がぎゅっと詰まるような息苦しさを感じながら、王子が彼女に惹かれていく様子を見守った。


今日はいよいよ舞踏会。

私は王子からの贈り物を持って、彼女の家を訪れていた。

彼女は驚きながらも本当に嬉しそうに、輝く笑顔を私に向けながらドレスに着替え、贈り物を羽織る。

「あなたは、王子様の何?」

髪を結い上げながら、彼女は私に訊ねてきた。

「王子がいつも言っていた『優秀な従者』です。」

心の中の荒れ狂う激情を忍の仮面の下に押し隠しながら、私は冷ややかに言った。

「…ふうん。」

彼女は私を不躾な視線で、舐めるように全身を見つめる。

「…女の子でしょ?」

「…それが、何か?」

私は彼女を馬車に乗せながら、答えた。

「あなたも、王子様を好きなの?」

(…。)

「主として、大切に思っています。」

私は扉を閉めながら、無感情に答える。

「『主として』ね。…じゃあ、私と王子様が結ばれても、祝福してくれるのね。」

この言葉に、私の胸はどうしようもなくしめつけられた。

叫んで暴れだしたい激情をなんとかねじ伏せた私は、敢えてにっこりと微笑んでみせる。

「主の幸せが一番ですから。」

そして馬車を走らせて、城へ向かった。

舞踏会会場へ続く階段の下で馬車を止めると、私は彼女をエスコートしながら階段をあがる。

「私は、王子様のことが好きよ。」

碧い澄んだ瞳で、彼女は私を見下ろした。

その澄んだ瞳に、闇の色の髪の毛と瞳を持つ私の姿が映る。

(陽の光を纏う金髪にエメラルドの瞳の王子と、この人はよく似合うだろうな。)

二人が並ぶ姿を想像して、泣きそうになる。

でも私は、敢えてにっこりと微笑んだ。

そして会場の扉の前で、彼女の手をそっと離す。

「我が主を、どうかよろしくお願いいたします。」

そして最敬礼する。

頭を下げた瞬間、涙が両瞳からこぼれ落ちた。

頭を上げることができない私は、彼女が扉を開けて中に入るまで頭を下げ続けた。

(もう…ダメだ!)

扉が閉まると同時に、私は駆け出した。

闇雲に走り、気がつくとなぜか王子の愛馬のリンちゃんの首にしがみついていた。

「わかっていたんだ。いつかこういう日が来るってわかっていて、それでもいいって思ってお側に仕えさせてもらったのに…なにやってんだ、私。」

嗚咽を漏らしながらリンちゃんに愚痴ると、リンちゃんが小さく鼻を鳴らして私の頭に頬をすりよせてくれた。

「大丈夫。ちょっとだけ泣かせてくれたら、ちゃんと王子の従者に戻るから。」

私はリンちゃんの首に顔をうずめる。

「たとえ王子が誰かを愛しても、私は王子のそばに居続けたいから…だから、ちゃんと気持ちの整理をつけるよ。」

そこまで言った時、人の気配が近づいていることに気がついた。

(この気配は…王子!?)

私は慌てて、リンちゃんの影に隠れる。

それと同時に、王子が厩舎へ入ってくる気配がした。

(舞踏会は?何しにここへ?)

息を潜めて様子をうかがっていると、王子がリンちゃんの傍へ寄ってきた。

「起きてる?リンちゃん。夜にごめんね。…実は、僕の大事なひとがいなくなっちゃったんだ。」

(…彼女、どっか行っちゃったの!?)

私は驚いて、リンちゃんの影から王子を見上げた。

けれど、月の光を背にして立つ王子の表情は、逆光で見えない。

「僕が無神経で、彼女の心を踏みにじって、傷つけてしまったんだ。バカな僕は、彼女がいなくなるまでそのことに気づきもしなくて…彼女への気持ちにも気づかなくって…挙げ句、別のひとを連れてこさせて深く傷つけて…。」

(…まさか…私?)

私は何かに引っ張られるように、ふらりと立ち上がった。

けれどそんな私にも気がつかないで、王子はリンちゃんに手綱をつけた。

「こんなバカな主で悪いけど、リンちゃん協力」

言いながら手綱を引こうとする王子の手を、思わず私は握った。

ぴくりと体を震わせた王子は、ゆっくりと私がいるほうに顔を向ける。

そして、私が重ねた手をギュッと握ってきた。

手を握られた私は、全身が心臓になったかのように激しく脈打つ鼓動に、どうしようもなく恥ずかしさが募り、俯いた。

そんな私のほうへ、王子はゆっくりと向き直る。

そして俯く私の顎に手を添え、そっと上向かせた。

(王子の手、熱い…。)

「マル…。」

暗闇の中、王子と視線が重なった。

その瞬間、王子の胸に抱きしめられた。

背の高い王子は、身を屈めて覆い被さるように私を抱きしめる。

初めてその逞しい胸にしっかりと抱きしめられ、私はもう意識がなくなりそうなくらい一気に心臓が早鐘を打つ。

(王子の体…逞しいけど柔らくて…熱い…。)

王子は何度も何度も、私を確かめるように抱きしめた。

抱きしめられる度、服の下に着けている鎖帷子が締め付けられ、体に痛みが走る。

それでも、王子の腕に抱かれる幸せで苦痛に感じなかった。

(ワインの香りに、酔いそう…。)

うっとりとそのまま王子と融けてしまいそうな意識を、私はなんとか手繰り寄せ口を開いた。

「舞踏会は、どうしたんですか。」

努めていつも通りに言う私を、王子は何も言わず更にきつく抱きしめる。

「役目を果たさないと、ピーマン王子からクズ王子になりますよ。」

照れ隠しに、つい私はいつものように辛辣な言葉を投げかけてしまう。

すると王子はくくっと喉の奥で笑って、私の頭を撫でた。

「マルを失うくらいならクズ王子で構わないよ、僕は。」