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マル目線(後編)]残念王子とおとぎの世界の美女たち

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言いながら、王子は腕をゆるめ、私の顔を見つめる。

月光に照らし出された王子の顔は本当に美しく整っていて、とても直視できない。

王子の視線から逃げるように目を逸らしたまま固まる私を、王子は軽くため息を吐いて、その腕から解放した。

一気に王子の熱と香りが離れ、私は心細くなる。

そんな私の前で、突然王子がおどけたように一回転してポーズを決めた。

「どう?似合ってる?」

その言葉に横目で見ると、私が選んだ衣装を着ていた。

白い服にエメラルドグリーンのマントは、王子の端正な顔立ちをより際立たせ、本当によく似合っている。

耳に揺れる黒水晶と金のピアスが月光を反射して、より王子を美しく彩っていた。

(綺麗すぎて、直視できない。)

「…。まっすぐ…見れません…。」

「?なんで?」

王子は、ポーズを決めたまま首を傾げる。

その姿が可愛くて、いつもの、私の大好きな王子そのもので、私はホッとした。

ホッとしたら、なんだか今まで色んな感情にふりまわされていた自分が滑稽になり、笑いがこみあげた。

「ぷっ…あはは!」

「なんで笑うのさ!?」

私が王子に背を向けてお腹を抱えて笑うと、王子は怒った口調で私を捕まえてきた。

そして後ろからギュッと抱きしめて、私の耳に唇を寄せる。

突然耳に触れた王子の柔らかな唇とワインの香りの吐息に、私は全身が固まった。

「マル…。好きだ。」

(!!)

甘い囁きに、心臓が飛び出しそうなくらい跳ねた。

「僕は、マルが好きだ。結婚しよ。」

王子に体を更に強く抱きしめられ、再び鎖帷子が骨に当たり全身に痛みが走る。

その痛みで、心臓は早鐘を打ちながらも、私は冷静になった。

私は、私を抱きしめている王子の逞しい腕に、そっと触れる。

「…私の故郷は、ここより小国です。経済的には比較的豊かな方ですが…この国を助けるほどの余裕はないです。」

「そんなの関係ない。だって、マルは正妻なんだから。」

私の言葉を打ち消すように、王子が言葉を重ねてきた。

王子は、甘えるように私の頭に頬をすりよせてくる。

(『正妻』…。そうだよね。どの国の王にも『側室』はいるもん…ね…。)

私は、スルッと王子の腕の中から抜け出した。

(王子は、私だけの人にはならない。
お母様にとってのお父様のように…王子は私だけを愛してはくれない…!)

「王子は、私だけの人にはならないから嫌です!!」

言いながら、涙が溢れた。

その泣き顔を見られたくなくて、私はその場から姿を消した。

(情けない…。)

お城の屋根の上で、星空を見上げる。

月明かりで、見えなくなっている星もたくさんある。

…私は王女の身分を捨てて、忍になった。

花の都女王の第2子として生まれた私は、父の血を強くひいていて、身体能力に長けていた。

2歳年上の兄は生まれたときから王位継承第一位。

第二位は私だったけれど、父が喜ぶ姿が嬉しくて、私は10歳の時に父の『星一族』の次期頭領になることを選び、妹に王位継承第二位を譲った。

それからは帝王学は学ばず、忍としての訓練に専念してきた。

だから、生まれは『王女』だけれど、育ちは『忍』なのだ。

帝王学も、10年しか学んでいない。

(そもそも、そんな忍が王子の横に立てるわけないじゃん。…『正妻』なんて、とんでもない。王様が許すはずがない。)

所詮、私はあの月光の影に潜む星と同じ。

同じ星だけど、眩い光の影に潜み、より光を際立たせるのが仕事。

そのまわりで輝けるはずもない。

私は溢れる涙を腕で拭いながら、舞踏会の会場の屋根を見下ろした。

(『王女』のままだったら、なんの問題もなく堂々と王子の隣に立てたんだ。けれど、忍になったからこそ、王子に出会えたし、3年も傍にいることができた。)

贅沢な夢を見ようとした自らを戒め、今が充分に恵まれた状況であることを思い出す。

そんな私の目に、舞踏会会場へ走る王子の姿が見えた。

切羽詰まったようなその様子に、私は胸騒ぎを覚え、屋根の上に立ち上がる。

(王子?)

私は、急いで舞踏会の会場の天井裏へ入る。

すると、王子は王様の前に跪いていた。

「僕は、この国をもっと豊かにしたい。資源も産業も特産物もないこの国をどうやったら豊かにできるのか、爺やが亡くなって以来、ずっと考えてきました。経済の本を読み漁り、政治の勉強もしました。でも、まだ全く見えない。」

王子が王様にこんなにハッキリと意見を述べる姿を、初めて見た。

「でも、なぜ見えないのか、わからないのか。…それは、わかりました。」

王様は厳しい表情で、王子を見据えている。

「井の中の蛙だからです。」

(…王子…。)

私も、王様も、驚いて王子を見た。

「マル!」

その瞬間、私は王子に呼ばれた。

反射的に、私は王子の傍へ降り立つ。

「僕は、マルと二人で世界を巡ろうと思います。世界の国々を見て回り、必ず我が国を豊かにする答えを見つけて戻ってまいります。」

(え!?)

「マルと二人で?」

王様も、思いもしない発言に驚いて、目を丸くしている。

「はい。マルは世界一の忍でもあり、従者でもあり、僕がただ一人、愛するひとでもあります。」

(!!…『ただひとり』愛するひと!?)

思いがけない王子の言葉に、私は斜め前にいる王子の後頭部を見つめた。

一気に鼓動が早まる。

喜びが涙となって溢れそうになるのを、ぐっと堪えた。

「マルがいてくれれば、安全も、知識も、暮らしも何も心配ありません。」

その瞬間、王子に腕を突然引かれ、隣に座らせられた。

「世界を巡り、自力でこの国を豊かにする方法を見つけることができたら、どうかマルとの婚姻をお認めくださいませ。」

王様が、私と王子を鋭く見比べる。

「側室に頼らない、側室を必要としない、正室だけを愛せる国造りをマルのためにさせてください。」

(私だけを、愛そうとしてくれてるの?)

思いもしなかった、夢でしか見ることのなかったことが起こり、私は呆然とした。

そんな私の後ろで、会場に拍手が起きた。

拍手はやがて大きな喝采となり、王様はその様子にため息をついた。

「マル。」

王様に、鋭い視線を向けられる。

私はその視線から目をそらすことなく、まっすぐに王様を見上げた。

「おまえの気持ちは、どうなんだ?
このバカが、一人で突っ走っているだけじゃないのか?」

(王様…。)

鋭い視線とは裏腹に、その言葉は私を思いやってくださる優しさに溢れたものだった。

私はそんな王様の優しさに、精一杯応えたいと思い、正直な気持ちを言葉にした。

「確かに、世界を二人で巡ることは全くの寝耳に水のことですので、突っ走っていらっしゃいます。でも、王様にお許し頂けるのであれば、私はぜひ王子様にお供したいと思っております。そして王子様が答えを見つけられた暁には、一生を共にできるお許しを頂きにうかがわせてください。」

ハッキリと申し上げると、王様はいたずらっぽく鼻をならした。

「…おまえの優秀な血が我が王族に加われば、少しはまともな国政を子孫がするようになるかもしれんな。」