マル目線(後編)]残念王子とおとぎの世界の美女たち
おにぎり
ちょうどお昼に、王子と私は海辺の別邸に着いた。
「お腹空いたな~。」
リンちゃんを厩舎へ繋ぎながら、王子が呟く。
「軽食を用意してもらっていますので、それで我慢してください。」
王子はのんびり歩きながら、別邸の玄関へ向かう。
「野菜はいらないよ。」
「ビタミン摂らなきゃ、唯一の取り柄の美貌がすぐに老化しますよ。」
「くだものでいいじゃん。」
「じゃ、プルーンをご用意しますね。」
「なんでプルーン!?」
「果物は、果糖とビタミンがほとんどですが、プルーンなら鉄分も摂れますので。キウイもカルシウムが入ってますから、足しておきますね。」
「カルシウムもういらないよ!背、高いし!!鉄分も他で摂ってるから大丈夫!!っていうか、わざとでしょ!」
言い合いながら廊下を歩いていると、別邸の侍従たちがくすくす笑いながら頭を下げる。
「お食事は、こちらに用意してます。」
私が扉を開けると、そこには人魚姫がいた。
人魚姫の世話に残しておいた女官が、慌てて頭を下げる。
王子の表情がスッと強ばるのが見えた。
「姫、また王子は後程ご挨拶に伺いますので、とりあえずお部屋に…。」
言い終わらないうちに人魚姫は王子に走り寄り、抱きつこうとした。
私は瞬時に王子の前に立ちふさがり、人魚姫を抱き止めた。
人魚姫が私を睨んで、左手をふりあげる。
その手首を王子が掴んだ。
そしてニッコリと微笑む。
「とりあえず、昼食を食べさせてくれませんか?ご挨拶はまた後程、ゆっくり。」
女官が人魚姫に訳すと、人魚姫は私を睨みながら離れた。
そしてこちらをふり返りながら、女官に促され部屋を出て行った。
王子は盛大なため息を吐くと、荒々しく椅子へ腰かけた。
「私の確認不足で、申し訳ありません。」
頭を下げると、王子がテーブルに用意されていたスコーンやベーコンエッグなどをチラッと見て目をそらした。
「なんか…食欲失せた…。」
私は王子の好きなジャスミン茶を淹れ、王子の前に置く。
「ちょっと目新しい物になりますが、ご用意しましょうか?」
王子はジャスミン茶を飲みながら、私を見上げた。
私はそれを肯定と受け取って、頭を下げ、その場から消えた。
厨房で手早く作ると、再び王子のいる部屋へと戻る。
王子の目の前にお皿を置くと、王子は身を乗り出して、そのお皿に乗っている物をまじまじと見つめた。
「なに?これ…。」
「おにぎりです。私の故郷の軽食です。」
「おにぎり…。」
王子の瞳が、キラキラと輝く。
「ごはんの上に色んな具を乗せて、包み込むように握るだけのシンプルな物です。本当は海苔という海草を干して作った物で巻くと、手を汚さずに手で持って食べれるんですが、この国にはないのでフォークで召し上がってください。」
王子は、フォークでおにぎりを半分に割る。
「あっ、サーモンが入ってる!」
サーモン好きの王子は、一気にテンションが上がった。
「それは、故郷では塩鮭と言います。」
「美味しい!なにこれ~!ごはんってこんなに美味しかったっけ!?」
言いながら、あっという間にひとつ完食する。
「次は…これ、なに?」
二つ目のおにぎりを半分に割って、その具に首を傾げる。
「それはおかかです。鰹節に醤油で味付けをして軽く胡麻も加えて合わせてみました。」
「おかか…。」
王子は一口食べると、満面の笑顔で私を見た。
「めっちゃおいしいね!!マルの国、最高だな!!」
そしてあっという間に二つのおにぎりを完食し、王子はすっかりご機嫌になった。
「そういえば、マルもお腹空いてるでしょ?僕の残りで悪いけど、これ食べない?」
王子は言いながら、スコーンやベーコンエッグのお皿を引き寄せる。
私は王子の向かい側に座ると、手を合わせた。
「残すと厨房の方にも悪いので、ありがたく頂きます。」
そしてモグモグと食べる私を、王子は肘をついて顎を乗せ眺めながら、ジャスミン茶を飲む。
「マルと食事するの、初めてだな。」
嬉しそうに呟いた王子は、侍従におかわりを注いでもらった。
「僕、いっつもひとりで食べてるからさ、たまに一緒に食べようよ。」
「お断りします。」
(食事なんか一緒にし始めたら、親しくなりすぎるじゃん。)
「えー、なんでだよ~!主の誘いを断る従者って、どうなの?」
(勘違いしそうになるから、一定の距離は保ちたいんです!)
「そもそも、主と一緒に食事をする従者なんていません。早く一緒に食事をしてくれる女性を見つけることですね。」
私の言葉に王子は頬を膨らませて、そっぽを向いてしまった。
「女の人は、次から次に要求が尽きないから…めんどくさい。」
(…王子。)
今回の人魚姫が相当堪えているのか、滅多に見ることのなかった憂鬱な表情をここ最近、王子はよく見せるようになった。
「…ごちそうさまでした。」
私が手を合わせると、王子の表情がとたんに輝く。
「なに、それ。初めてみた。マルの国の風習?」
表情がコロコロ変わって、面白い。
こういう表情豊かなところも、王子の魅力だ。
「そうです。私の国では、食事の時、食べ物の命とそれを育てた人、それを料理してくれた人、この食事をできる環境などあらゆるものに感謝をして食べます。だから食事前に『いただきます』食事後に『ごちそうさま』と手を合わせて挨拶をするんですよ。」
王子は最後のジャスミン茶を飲み干すと、私の真似をして手を合わせた。
「ごちそうさま。」
そして大輪の花が開くように、華やかに笑う。
「さて、いきますか!」
王子は自らに気合いを入れるかのように元気に言うと、優雅な所作で椅子から立ち上がった。
「今回、通訳は女官ができますので、私は陰で護衛しますね。」
「えっ?」
王子が驚いて振り向いた時には、私は天井裏へ移動していた。
王子は、私がいたところをジッと見つめている。
何を思っているのかわからないけれど、しばらくそうやって佇むと、ふりきるかのように部屋を出て行った。
(たぶん、私がいないほうがいい。)
さきほどの人魚姫の様子で、私はそう感じ取っていた。
私は天井裏から、王子のつむじを見下ろしながら、そっと傍に付き従う。
王子はまっすぐに、人魚姫の部屋へ向かった。
扉の前の侍従が、敬礼する。
そして王子のかわりにノックをして、扉を開けた。
扉が開くと同時に、人魚姫が飛び出してくる。
王子は抱きつかれる前に、人魚姫の肩を掴んで阻止すると、そのまま椅子へ誘った。
頭を下げる女官を一瞥した王子は、人魚姫を椅子に座らせると、その前に跪く。
「姫、本日はあなたの歓迎パーティーをご用意致しました。我が国の貴族の子息や、令嬢たちを集めて華やかに致しますので、どうぞお楽しみください。」
人魚姫は、嬉しそうに頷いた。
「では、私は会場の確認などして参りますので、失礼致します。またお時間になりましたら、お迎えに上がりますので、もうしばらくお待ちください。」
そして一礼すると、身を翻して、人魚姫の部屋を出ようとした。
その背中に、人魚姫が抱きつこうとする。
作品名:マル目線(後編)]残念王子とおとぎの世界の美女たち 作家名:しずか