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マル目線(後編)]残念王子とおとぎの世界の美女たち

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美貌の苦しみと葛藤


帰国した翌日、王子は大勢の女官に囲まれていた。

黒い服のボタンをとめる女官、紅いマントを肩にとめる女官…。

どの女官も、毎日の自身の仕事なのだけれど、一様に頬を染めている。

王子はただそこにいるだけで、美しいオーラを強烈に出して、見る者全てを魅了するからだ。

(おかげさまで、私は生まれたときから父上や叔父上、兄上など…神と称されるほど美しい人たちに囲まれて育ったので、王子の美貌にそこまで惑わされなかった。けれど、至近距離はさすがに理性を保つのに、努力が必要となる…。それを防ぐ鎧が、毒舌なんだけど、そんな自分がたまに嫌になる。)

「ピアスは、どれにしますか?」

ピアスの箱を、私が自分の頭より高く掲げて見せると、王子はぷっと笑う。

「マル、ほんとに小さいな。」

言いながら、箱より下にある私の瞳を覗きこむ。

「カルシウム摂るだけでは、骨にならないんだってよ。カルシウムとビタミンを一緒に摂ったら骨になるんだって~。知ってた?」

美しいエメラルドグリーンの瞳が、間近に迫る。

私は無言で、その瞳を見返した。

「身長伸ばさないと、女の子にモテないよ?」

そう言ってからかいの笑顔を浮かべる王子を、私は冷ややかに見つめる。

「モテる必要ありませんから。それより、さっさと選んでくださいよ。」

私の言葉に、王子はひとつピアスを手に取ると、耳につける。

「体も細いしさ。男としては華奢すぎじゃない?家族みんなそんな感じ?」

私はその質問をスルーし、ピアスの箱をテーブルにおろした。

「無視!?」

そう言う王子を更に無視しつつ、私は王子が選んだピアスの片方を箱から取ろうと確認し、動きを止めた。

(黒水晶と金の、ピアス…。)

王子をふり返ると、黒水晶と金のピアスが左耳で揺れていた。

「ん?」

王子が首を傾げる。

「…!あ、いえ、どうぞ。」

私は箱から残りひとつを取ると、王子に渡した。

王子はそんな私を見つめながら、右側にもつける。

「どうした?マル。」

王子の両耳で揺れるそのピアスを無意識にジッと見つめてしまっていた私は、あまりの切なさに思わず口を開いた。

「黒水晶は父が、金は母がいつもつけていたんです。二人はそれをお互いに片方ずつ交換し、つけていたので…つい思い出してしまいました。」

言いながら、私は自分の耳朶にも触れる。

そこには、生まれた時に父からつけてもらった黒水晶のピアスがついていた。

王子が近づいてきて、その長い指で私の耳朶のピアスに触れた。

「じゃ、これは父上の?」

王子の冷えた指が耳朶にひやりと触れ、私は耳が熱くなるのを感じた。

「いえっ、これは、父が作ってくれたものです。父は自身のピアスを祖母から生まれた時にもらったので、子が生まれるたびに自身も子どもに黒水晶のピアスを贈っているんです。」

そこまで説明すると、王子の指が耳朶から離れる。

「ふーん。そっか。僕の今日のピアスを見て、家族を思い出しちゃったんだな。…親元を離れて、マルは知らない国でずっと働いてるんだもんな~。」

言いながら、私の頭に手を置く。

「小さいのに、偉いよな。」

そして、優しい眼差しで私の頭をぐりぐりした。

(…小さい?…サイズが?んなわけないか。…もしかして王子、私を年下だと思ってる?)

私が王子より2歳年上であることを言おうと顔を上げると、王子の輝く笑顔が間近にあった。

「2年一緒にいて、マルの家族の話、初めて聞いたな~。いっつも家族のことになると、無視されてたし。」
その嬉しそうな笑顔に、私は何も言えなくなった。

「お互いのピアスを交換し合うなんて、いいご夫婦だね~。憧れるなぁ。僕も、結婚するならそういう夫婦になりたいなぁ。」

言いながら、王子は女官に冠を頭に乗せてもらう。

「ね、キミもそう思わない?」

冠を乗せてもらうので至近距離に迫った王子に、間近で話しかけられ、女官は一気に真っ赤になった。

そして顔を覆うと王子から離れて、走り去ってしまう。

「…。」

王子は、呆然とその女官の後ろ姿を見つめた。

「冠、まっすぐにするので椅子に座ってください。」

私が言うと、王子は近くの椅子に腰かけながらため息を吐く。

「なんでこんな顔に生まれたんだろ…。得することもあるけど、だいたい損なことが多い…。まともに目を合わせて、話してもらえないもんな~。」

愚痴る王子の額に、まっすぐ冠をつけながら私は父を思い出した。

ちょうど今日の王子は黒い服を着て黒水晶と金のピアスをつけているので、黒装束の父にその姿が重なる。

「そうかもしれませんが、王子はその容姿のおかげで、今回は命が助かったでしょ。」

父は、ご自身の生まれ持った能力のせいで人と目を合わせることも、言葉を交わすこともできなかった。

そして、その能力と美貌のせいで色んな不幸があったけれど、結果、母と出会い救われた。

「けどさ、命を盾に結婚を迫られてるし…。」

(…。)

「大丈夫ですよ!」

私は王子の背中をバシッとたたいた。

「本当にダメな時は、私がなんとかしますから!」

王子は、その大きなエメラルドグリーンの瞳を真ん丸にして、私を見上げた。

「どうせピーマンな頭で色々考えても、時間の無駄です。だから王子はいつも通り、なんにも考えてないで、ただ笑っていてください!」

そして驚いたままの王子の前で、自分の胸をドンッとたたいてみせる。

服の下に、鎖帷子を着ているので、ジャリッと音がした。

「頭を使う闇の部分は、全て私が引き受けますので、王子はいつでも何も考えず光の中にいてください!」

すると、王子が拗ねたように私を見上げる。

「それ…励ましてんだよね?」

私は、大きく頷きながら付け加えた。

「笑顔は、幸せと成功を導きますから!」

すると、王子が花が咲くように微笑んだ。

「…りょ。」

(!!)

いつものカラッと明るい笑顔でなく、憂いを含みつつ華やかに花開いたその笑顔は、私の胸をしめつけた。

王子と一定の距離を保つために、女であることを隠したり、毒舌を吐いたり…そのたびに王子を欺き傷つけていることが辛い。

けれど、王子のそばにいるには、こうするしかなかった。