赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 31~35話
『な、なんだよ。オイラを取り囲んだこの大騒ぎは。
茂林寺の文福茶釜じゃあるまいし、猫が、綱渡りなんかするもんか。
おい清子。そんな目で、俺の顔をみるんじゃねぇ。
おれは絶対にやらねぇぞ。タヌキの真似して、綱渡りなんか!』
たまの目の前で、綱渡りの準備が着々とすすむ。
小春の帯紐を、庄助旦那が「こんなもんかな?」と80センチほどの高さに
持ち上げる。
1畳ほどの距離に、細紐を使った綱をピンと張ってみせる。
『おいおい。準備が出来ちまったぜ。それにしても、ちょっとばかり
高いなぁ・・・・』
たまの目がピンと張られたばかりの綱を、下から不安そうに見上げる。
「小春。伴奏の景気づけだ。『猫じゃ猫じゃ』を弾いてくれ!」
小唄(こうた)の中に「猫じゃ猫じゃ」というものがある。
小唄は、幕末の頃に成立した邦楽。
短かい詩の小曲を、三味線の爪弾きで伴奏する。
爪弾きは、三味線の撥(ばち)を用いず、人指し指の爪で弾く。
爪を当てることで、やわらかい音が弦から発生する。
♪ 猫じゃ猫じゃとおっしゃいますが
猫が 猫が下駄はいて 絞りの浴衣で来るものか
オッチョコチョイノチョイ
下戸じゃ下戸じゃとおっしゃいますが
下戸が 下戸が一升樽かついで 前後も知らずに酔うものか
オッチョコチョイノチョイ
「よし。それでは本格的に、猫の綱渡りと行こう。
市さん。そっちを持ってくれ。ついでだ。もう少し高く張ってくれ。
そうだな。とりあえず、1m30㎝でどうだ。
ピンと張ってくれよ。
上手くいったら、拍手喝采といこう。
綱の準備はこれで充分だ。
そっちはどうだ?。子猫の方の準備は出来たか?」
真っ赤な日傘を背中に背負わされ、豆絞りの手ぬぐいで頬かぶりされた
たまが、ついに覚悟を決める。
諦め顔をしたまま清子の腕の中で、事の成り行きを眺めている。
ピンと張られた帯紐が、1畳ほどの距離の中、1m30㎝の高さを保ったまま、
主役の登場を今や遅しと、待ち構えている。
『おいおい。すっかり舞台が出来上がっちまったぜ・・・
それにしても、ど素人に、1m30㎝の綱渡りはあまりにも高すぎるだろう。
だいいち身体に付けた小道具が多すぎて、重すぎる。
猫とは言え、あの高さから落ちたら、絶対にただじゃすまなくなる。
まいったなぁ。・・・
どいつもこいつも、オイラを止める素振りすら見せやしねぇや。
おいら。大道芸の猫じゃないんだぜ。
こら清子。お前まで楽しそうな顔して、オイラの顔を見るんじゃねぇ。
まいったなぁ。ちょっとだけ顔を出したことが、
いつのまにか、絶対絶命の大ピンチを、招ねいたようだな・・・・』
(35)へ、つづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 31~35話 作家名:落合順平