便利屋BIGGUN1 ルガーP08 別バージョン
「それがそうでもないんだよ」
市長が苦しげに口を開いた。鍵さんが後を継いだ。
「最近犯罪が多くてね、なにかと支持率が下がってる。組織票も対立候補に入っているらしいんだが、どこの組織だかわからないんだ」
「政治は難しいんですね」
国会ならニュースで情勢を聞けるが市の政治となると中々解らん。
「はは、君が気にすることじゃないさ。それよりこの店に用があるんだろ、入りたまえ」
「お二人は?」
「先に入りたまえ、かまわんよ。そこの可愛いガールフレンドを紹介してくれればね」
うーむ・・・。そんなに俺が女連れだと変なのだろうか。
「セーノ・ジュンです。よろしく」
俺が口を開く前に今までと違った大人びた声でジュンは丁寧に頭を下げた。お嬢様の顔か。
「こいつはボディーガード中の客です。客には手を出さない主義で」
俺のプロ意識溢れる発言も鍵さんはジョークと受け取ったのだろう。
「そんな下らんポリシー守るつもりじゃないだろうね」
と、きた。
んー・・・ノーコメントです。
「冗談はともかく入りたまえ。われわれの用件はもう済んでるんだ」
「そうですか、じゃあ」
と、入ろうかと思ったがジュンはどうしようかな。鍵さんが俺の考えを察してくれた。
「お嬢さんは外で待っていたほうがいいだろう。なに、君が出てくるまで黒澤がきちんとガードするよ。こう見えて自慢のガードでね」
鍵さんはジュンにウインクした。鍵さんは端正な顔立ちだしこういう仕草も自然にこなす。その上威厳があってかっこいいのだ。
そこにしびれる、憧れる。
ジュンは笑ってお願いしますと言い俺に手を振った。
まあ、いいか。俺は礼を言って中に入りかけ、振り返って市長に言った。
「市長、俺地元だし応援してますよ。今回は投票できませんけど」
市長はええ? と驚いたが、すぐに苦笑して言った。
「ああ、君未成年か」
店内はさっき言った通り狭い。カウンターの向こうは調理場でエアコンもないので結構暑い。切り盛りしているのは老夫婦だ。じいさんは小柄で細身。ばあさんはその3倍はあろうかという堂々たるお姿だ。
「やあ風見ちゃん、今日は大活躍だね」
さっきと同じコメントをじいさんがした。
「たった今Dクマで銃撃戦があった。これも君だろ?」
これには俺も笑うしかない。
「情報速すぎだよ、どういうこと」
「うちの女房は君のファンだからね。情報は逐一集めてるよ」
いつの間にかカウンターから出て俺の横にいたばあさんが恥ずかしげに笑った。軽く握手してあげたら、うふふと笑って少し女の顔になった。怖い。
「さすが街一番の情報屋だ。で、追加情報が欲しいんだけど・・・」
「まあまあ」
じいさんは必要以上に笑顔を見せた。
「ラーメン屋にきてラーメン食べないなんて野暮だよ。ちょうどいい、新作試作メニューが完成したんだ」
「へえ」
俺は笑った。
「用事を思い出した」
俺は今入ってきた方にターンしようとした。その肩を俺の太ももほどもある腕が押さえつけてカウンター席に押し込んだ。ばあさんだ・・・。
「何、料金なんて要らないよ」
払うつもりもないけどね。いや払うから帰して。
「今回はこの街の海のイメージでマリンブルーラーメンだ」
このじいさん時々こういった新作ラーメンを開発する。しかし常に試作のまま終わるのだ。理由は・・・言うまでもないだろう。
「いや・・・俺昼飯食べたとこだし」
「若いんだからラーメンくらいいくらでも入るでしょ?」
と、ばあさん水を俺の前にドンと置く。ビールの名前が入った情緒あふれるグラスである。嫌な汗が背中に噴出す。何故にラーメン屋でこんな汗かかなきゃならんのだ。
ヘルプミー、黒澤さん! 今助けが要るのはその小娘じゃなく僕のほうです。
外に視線を移すとガラス越しに談笑する4人が見えた。ジュンはやけに積極的に話を盛り上げ、それにおじさん達が楽しそうに応対している。鍵さんたちはともかく黒澤さんのこんなに楽しげな笑い声は初めて聞いた。あの女すでに中年親父を手玉に取る術を身に着けているのか?!
そこに試作ラーメンがやってきた。その名の通り真っ青なスープ、見たこともないラーメンだった。この街の海はこんなに鮮やかじゃないよ! プランクトンのせいで緑だけど青くはないよ!
「君の知りたい情報はこれでしょ」
じいさんはカウンターの中からメモをちらつかせた。いや、まあそうだけど。
「食べながら聞いてよ、僕の調べだとね・・・」
あの・・・今一番知りたい情報はこのラーメン食べても大丈夫か・・・ということなんですけど。
ACT.2 震える殺し屋
ラーメン屋の魔の手を逃れ、親父達からジュンを回収すると俺は愛車に乗って我が社兼我が家に向かった。
愛車プジョー106はラーメン屋から100m東のパチンコ屋の向かいにあるコインパーキングに止めておいた。青いソリッドブルーの車体はどこにいても映える。
106は生産を中止して久しいが、今なお傑作と言われる小型ハッチバック車である。
4mに満たないピニンファリーナの息がかかる美しいボディーに1600ccツインカムエンジンを搭載している。このエンジンは1トン無い車体を引っ張るに十分な低速トルクを備えながらレッドゾーンである7000回転まで軽やかに吹け上がるスポーティーな心臓だ。速くはないが、運転は痛快の一言。サーキットや峠に持ち込まなくても街中を走っているだけで運転の楽しさを教えてくれる、そんな車だ。
そいつに乗って東へ少々行き北に曲がってラギエン通りに入ると、この街名物「波乗り踏切」がある。これを越えていくとわが社「BIG-GUN」がある。
「なんで波乗り踏切って言うの?」
「今わかる」
106は踏み切りに突入した。小さな車体が線路を渡るたび上へ下へと大きく揺れた。
「波に乗っているようになるから波乗り踏み切り」
本当の名前は以前外人さんの家が横にあったため「外人館踏切」。ここは四つの線路がある大きな踏切でカーブの場所にある。カーブに合わせて線路は傾いているため、そこを横切る道路はどうしてもでこぼこになってしまうのだ。我がマシンはスポーツカーとしては乗り心地がいいのが自慢だが(猫足と言われている)さすがにこの段差は吸収しきれない。
「この車、かわいいけど乗り心地悪いね」
「道路が悪いんだバカモノ」
「音もうるさいし」
それは俺のせいだ。エアクリーナーを毒キノコに変えている上にオールステンのスポーツマフラー装備だ。んでもって気持ちよく走るためついつい低いギアでぶん回して運転しちゃっている。
「お前も免許取ればこいつの楽しさがわかる」
「ふーん。車は運転したいけどね」
商店街を抜け住宅地に入ると低いが山が見えてくる。その手前の街道沿いにある3階建てのコンクリート打ちっぱなしのビルが「BIG-GUN」だ。
わが社は地下にガレージがある。いつもの場所にスパッと停める。ジムのエルカミーノ(前がセダン後ろがトラックみたいなアメ車だ)と会社所有のランドクルーザーはあったが三郎のV-MAX(こっちはでっかいバイクだ)は無い。出かけてるんだろう。
車を降りるとジュンはもっともな感想を述べた。
作品名:便利屋BIGGUN1 ルガーP08 別バージョン 作家名:ろーたす・るとす