便利屋BIGGUN1 ルガーP08 別バージョン
俺は同意した。それにしてもあの女。人によって巧みに挨拶の仕方を切り替えやがる。しかもその全てが的を正確に射抜いている。狙ってやっているようには見えない。天性の感。天才とはこういう奴のことを言うのかも知れん。
「ベン、とりあえず外階段から3階に上がって風呂に入れ。んでロッカーに俺達の活動服があるからそれに着替えろ」
「ふふふ風呂は嫌いだな。それにここここの服も好きなんだな」
「もう暑いだろ、そんなコート。脱いじまえよ」
「ぬぬぬぬ脱いだら誰かに取られちゃうんだな」
「ここに置いとけば誰も取らねーよ。とにかく風呂に入れ」
ベンは明らかに困惑していた。
「ななななんで風呂なんて言うんだ? もっとあの子と話したい」
「そのためだよ! いいか、女の子は不潔な男を嫌うもんなんだよ。風呂に入って綺麗になったら俺の仲間だってちゃんと紹介してやるから入ってこい」
ベンは明らかに迷っていた。髪に隠れた瞳が濡れ始めているのが見て取れた。そんなに嫌なのか、風呂。
「かかかか考えさせてくれ!」
親愛なるルンペンさんはきびすを返し走り去っていった。涙声だった。なんかすげー悪い事した感じ。変わってはいるが色々便利で目茶苦茶いい奴なんだが。しかしあの格好のまま女の子に紹介するわけには行くまい。これから夕飯なのにあいつ中に入れると臭いしなぁ。
首を振りながらジュンの元に返ると奴は予想外に上機嫌だった。
「今日は面白い人ばっかり会うね」
「次はかなりまともなのを紹介する」
「面白い人でもいいのに。あの人ベンだっけ? 何で出てっちゃったのかな」
ジュンはベンの姿を探すように入り口のほうを見つめていた。
すまんベン。こいつお前みたいの平気なやつだったかもしれんわ。
俺達は1階のロビーへ上がった。1階が会社エリア、2階以上が居住エリア。2階がキッチン、食堂、リビングなどの合同スペースで3階がプライベートエリアになっている。
「やあ、いらっしゃい。ようこそBIG−GUNへ」
階段から上がってくるとジム・ロダンがいつもどおりの穏やかな笑顔で迎えてくれた。
歳は18歳。2つも年上なのだがタメ口で話せと言われているので俺も三郎もそうしている。担当は主に事務とメカニック。ようするに内仕事なのだが、彼を見た人間はなんで? と思うだろう。ジムは立ち上がってジュンに握手を求めた。ジュンは少し驚きをもってジムを見上げることになる。
ジム、ジェームズ・ロダンの身長は190cmほどある。ゲルマン民族と言ってもこれはでかい部類に入るだろう。体格も抜群、見事な逆三角形の上半身に丸太のごとき腕と強靭な腰、その下に長さ1mはありそうな足がくっついている。顔はやや面長で美形とは言わないが精悍で男らしい。おっかない表情していたら却って人が寄り付かなくなりそうだが、先ほども言ったとおり常に穏やかな笑みを絶やさない。
堂々たる肉体と温和な人柄、それにメカニックとして確かな腕も兼ね備えたわが社の良心とも言うべき男。それがジム・ロダンだ。
「ミス・ローランドさんですね。はじめまして、私はジェームズ・ロダンです。ジムと呼んでください。あなたの事は風見から連絡を受けています。どうぞごゆっくり」
あいかわらず紳士で大人な挨拶だ。ジュンも少し赤くなった。ま、かっこいいからな。
「ありがとうジムさん。私もジュンと呼んでください」
「ジムで結構です。2階へどうぞ、お茶でも飲みましょう」
ジムはそう促して先に2階へ上がっていった。
ジュンが階段を上がりながら耳打ちしてきた。
「素敵な人じゃない?」
「まぁな」
「もっと他に仕事ありそうじゃない?」
ごもっともだ。
「夢はガンスミスだそうな。俺らとしてもその辺は応援している」
「ガンスミス?」
「鉄砲のカスタムとか製作する人間だ。あのガタイには似合わない仕事とは思う」
「ああ、さっきシェリフのオフィスにジムの名前が書いてある銃が飾ってあったわね」
「よく見てたな。あれはジムがシェリフに贈った銃だ」
以前、ここを開業する前後のことだ。ジムが事件に巻き込まれシェリフが解決してくれた。仕事だから当然のことをしただけなのだがジムは何かお礼がしたいと考えた。そのときシェリフの拳銃が軍用そのまんまのコルト・ガバメントであったのに彼は気づいた。ガバメントは45口径の大威力とシンプルで信頼性が高い構造により傑作銃として長く愛されてきたが最初に軍に採用されたのは1911年。多少改良はされてきたが基本的に古い事に変わりは無い。ジムは銃のカスタマイズを申し出たが使い慣れた銃に手を加えるのをシェリフは断った。そこでジムは勝手にガバメントを購入してきて手を入れた。作動の確実性と撃ちやすさ、それに機械としての精度を上げる地味だが効果のあるカスタマイズだった。専門的な用語になるがフロント、リアサイトの大型化、エジェクションポートの大型化、ロングリコイルスプリングガイド、ハンマー、シアのステンレス化そして高精度化などが主な変更箇所だ。
ジムはこれをシェリフにプレゼントした。シェリフは礼を言ってくれたが困った顔をしていたそうだ。使う気はなかったんだろう。
しかし一ヶ月ほどしてシェリフから電話が来た。金は払うから自分が今使っている銃をこいつと同じ仕様に改造してくれと。ジムが電話口で涙ぐんでいたのを今も覚えている。
だから飾ってあったガバメントはジムが最初に贈った銃で、シェリフが今も相棒として腰に吊っている銃は依頼されてジムがカスタマイズした元々シェリフが持っていたガバメントなのだ。完成して納品した際に二人で撮った記念写真は今もジムの部屋に飾られている。
「ふうん、いい話ね」
「二人ともいかす奴らだよ」
2階の食堂に到着した。10畳ほどのそんなに広くない、何の変哲も無い食堂だ。俺らは好き勝手に飯を食う事が多いのでメンバーが集まって使用することはあまり無い。
椅子に座るとジムがうまいコーヒーを入れてくれた。サイフォンではないが、ちゃんとコーヒーメーカーでいれたコーヒーだ。すばらしい香りが食堂に漂っていた。ジュンが一口飲んでから感想を述べた。
「おいしい。モカ?」
「わかる?」
ジムの感心した声にジュンは恥ずかしそうに笑った。
「酸味があるから。これしかわからない」
「はは、俺もそういう理由でこれを選んでるよ」
ジムの一人称が「俺」に変わっていた。すでにリラックスしているのだろう。コーヒーのおかげか、ジュンの力か。俺も飲む。うまい…… 早安とは比較するのも失礼なほどに。
「で、早速仕事の話に入るんだけど。ケンの話だと君は家出中で御両親の追っ手が迫っていると……」
「そうです」
ジュンは素直に頷いた。ジムと話す時大概のやつは丁寧な話し方になる。ジムの誠実さがなせる技だろう。
「で、Dクマで襲ってきたのがその連中」
「そう思います」
「でも、どう考えてもそれはおかしいよ」
そりゃそうだ。
「撃ってきましたもんね」
「そう」
ジムは言葉を選びながら話している様だった。いつもよりゆっくりした口調だった。
「君の家庭の事情はわからないが、家出した娘を連れ戻すのに銃は使わないだろう。まさか親に殺されるような覚えは無いよね」
作品名:便利屋BIGGUN1 ルガーP08 別バージョン 作家名:ろーたす・るとす



