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[マル目線(前編)]残念王子とおとぎの世界の美女たち

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人魚姫と王子


しばらく波間を眺めていると、見覚えのある頭がひょこっと現れた。

そしてその横に、もうひとり。

「人魚姫!」

私が声を掛けると、二人がこちらへ泳いできた。

「おかげさまで、王子は快復し、国へ帰るところです。そちらへ迎えにまいりますので、船へお乗りください。」

言いながら私が海へ飛び込もうとバルコニーに足を掛けるとと、人魚姫の横にいる女性が声をあげる。

「待って!梯子をかけてくれれば、妹が自分で上れるわ。」

「え、でも…。」

(足が。)

「妹は、魔女に頼んで、自慢の美しい声と引き換えに、人間の体にしてもらったの。」

私の声を聞きつけて、いつの間にか王子と爺や様もバルコニーに出てきていた。

その王子に向かって、人魚姫のお姉さんは声をはりあげる。

「妹は、ただあなたに会いたくて、一緒に過ごしたいがために、人魚としての能力も寿命も家族も全て捨てて、人間になりました!…あなたに受け入れられなければ、妹は水の泡となって消えてしまいます…どうか、妹を…!」

人魚姫のお姉さんは、王子に切実に訴える。

でも海底国の言葉がわからない王子は、私に視線を流した。

「なんだって?」

私が通訳すると、王子は明らかに不快な表情をする。

「マジかよ…。」

珍しく、王子の眉間に皺が寄る。

「勝手に命懸けられても…。」

(まぁ…たしかにそうだよね。)

王子の困惑した横顔を見ながら、私もどうしたものかと思案する。

すると、王子はふっとため息をついて、冷ややかな視線で人魚姫を見た。

「…とりあえず、船に乗ったら?」

(こんな顔、今まで見たことない…。)

2年間、ずっと傍で護衛してきたけれど、女性に対してこんなに冷たい空気を纏う王子を初めて見た。

(…かなり怒ってる?)

戸惑う私を王子は斜めに見て、低い声で言った。

「梯子、降ろしてやって。」

「…はっ、はい!!」

動揺する私に、王子は少し目を丸くした後、冷ややかな目付きのまま口の端を持ち上げて笑った。

「マルの動揺、初めて見た。」

(うん、私も久しぶりに、こんなに動揺した。)

部屋へ戻る王子を見送った後、私は急いで梯子を降ろした。

すると、人魚姫はおぼつかない足取りで梯子を上がってくる。

私はその手をぐっと掴むと、抱き上げて船の上に降ろした。

そして、人魚姫に返そうと持っていた布で濡れた体を覆う。

すると人魚姫は、不安そうな顔でお姉さんを見下ろした。

お姉さんはじっとこちらを見上げると、人魚姫に笑顔を向け手を挙げる。

「いつでもあなたの幸せを願っているわ。…ダメな時は…わかってるわね?」

意味深に微笑むお姉さんに、人魚姫は戸惑った表情を浮かべながら、小さく頷く。

「帰りたくなったら、いつ帰ってきてもいいのよ。待ってるわ!」

お姉さんは人魚姫を励ますように言うと、私を見た。

「妹をくれぐれもよろしく、と王子にお伝えして…。」

私は小さく頷くと、胸に手を当てて敬礼する。

「王子の命を助けてくださったご恩は、忘れません。」

私の言葉にお姉さんは微笑むと、波間に消えた。

人魚姫がバルコニーの手すりに駆け寄る。

なにか叫ぼうと口を開くものの、声が出ない。

ラベンダー色の瞳から涙がこぼれ落ち、頬を伝う。

私はその姿に、どれほどの覚悟でここに来たのかと想像すると、胸が痛んだ。

(王子の気持ちもわかるし、人魚姫の一途な想いもわかる…。)

どちらの気持ちも考えると、胸がしめつけられるように苦しくなる。

「マル!」

感傷に浸っていると、不機嫌な声色の王子に呼ばれた。

我に返った私は、人魚姫を連れて慌てて部屋へ戻る。

すると王子は近くにいた女官に、指示を出していた。

「とりあえず、人魚姫に着替えて頂いて。」

女官は頷くと、人魚姫を連れて奥へ入った。

その背中を見送った王子は、人魚姫の姿が見えなくなると同時に私を睨む。

「どういうこと?」

私は改めて、詳しく人魚姫のことを王子に話した。

「別れる時は『お礼は王子とのデートでいい』とおっしゃってたのですが…なぜこんなことになったのか…人間になってしまった経緯は私にもわかりません。ご本人に訊いてみないと…。」

私の困惑を感じ取ったのか、王子は瞳の鋭さを少し和らげて、視線を横に流した。

「本人に訊くって言ったって、声出ないんでしょ?どうすんのさ。」

私が爺や様をチラッと見上げると、爺や様は朗らかな微笑みを浮かべて頷く。

「筆談で会話すれば良いのでは。」

王子は爺や様と私を交互に見つめて、首を傾げた。

「通訳、もちろんしてくれるよね?」

その様子に、私と爺や様は同時にふきだした。

「そもそも期待してませんから!」

私の言葉に頬を膨らませる王子は、いつもの王子に戻ったように見えた。

けれど、人魚姫が戻ってくると、とたんに表情が冷ややかなものになる。

私が王子の向かいのソファーを人魚姫にすすめると、素直に人魚姫は
そこに座る。

正面に王子が座っているので、人魚姫は頬を染めて俯いた。

そんな人魚姫の前で、王子はソファーに深く身を沈めると、もてあますかのように長い脚を高々と組む。

その表情は背筋が凍るほど、冷ややかなものだった。

爺や様が、人魚姫に歩み寄り跪く。

「改めまして…このたびは、我が王子をお救いくださいまして、誠にありがとうございます。」

爺や様に続いて、王子が脚を組んだまま、笑顔なく言う。

「あなたに命を救われたことは、本当に感謝しています。」

王子の言葉を、私は海底国の言葉に訳す。

「できる限りの礼は尽くしたいと思っている。けれど…」

そこでいったん言葉を切った王子は、脚を解くと前屈みになり、人魚姫へ身を乗り出す。

その瞬間、人魚姫は首まで紅く染め、王子を大きな瞳でジッと見つめた。

王子は人魚姫と視線を交わした後、再びソファーに身を沈めるように深く腰掛ける。

そして冷ややかな視線で、人魚姫を見た。

「その恩を盾に、押し掛け女房的に来られるのは、受け入れることができない。」

あまりにもストレートな物言いに、私は冷や汗がふき出した。

人魚姫は、首を傾げて私を見る。

(えー、なんて訳せばいいの!?)

視線をさ迷わせる私に、王子が厳しい声色で言う。

「勝手に変えないで、そのまま訳せよ。」

その言葉に王子を見ると、その眉間には深い皺が刻まれ、鋭い眼光で私を見据えていた。

「王子…ピーマンだからわかってないんだろうけど…下手したら外交問題に発展して、ほんとに船を出せなくなっちゃうから!」

思わず心の呟きが、口をついて出る。

すると王子が、目を丸くして鋭い眼光が消えた。

「ふぉふぉっふぉっ、マル、心の声が駄々漏れだ。」

穏やかな笑い声が、割って入ってくる。

「『ふぉっふぉっふぉっ』じゃないよ。…え?船が出せなくなるって、どういうこと?」

やっぱりピーマンな王子は、歴史を知らなかったようだ。

爺や様が優しい笑顔を浮かべながら、王子に簡単に説明する。

「マジかよ~!!」

初めてこの問題の難しさを知った王子は、頭を抱えてしまった。