④銀の女王と金の太陽、星の空
第十六章 命
私たちは、早速ドールを使って奪還作戦を練った。
『奪還作戦を急がなくても、空は殺されないわ。むしろ、焦らした方が思い通り事が運ぶかも。』
ドールは、その名の通りチェスの駒のような物を使って、駒の種類と升目の位置で言葉を紡ぐ。
一切言葉を発することなく、軍議が進む。
『まず、何をする?』
銀河が駒を動かす。
『体の返還を求めてみるのは、どうかな?』
太陽が駒を動かしながら、意味深に私を見る。
『女王様と空がそういう関係ということを、星一族は知っているんだろうか?』
将軍も、私を見る。
『空は私たちの前でも着替えたり入浴したりしなかったから、正直、そういう傷痕のことは誰も知らない。星一族がその傷痕のことを知っているかどうかが鍵だな。』
銀河の意見に、みんな頷く。
『とりあえず、手始めに体の返還を求めてみて、出方次第でまた次を考えましょう。』
私は駒を置くと、銀河へ指示を出した。
「銀河、よろしく。」
銀河は口の端をあげて、にやりと微笑んで答える。
「聖華、護衛が必要だろ。とりあえず、僕が就く。」
太陽が澄んだ碧眼で、私を真っ直ぐに見た。
「でも、太陽は重傷を負ってるから…。」
私が戸惑うと、将軍が私の頭を撫でた。
「私も、護衛に就きます。老いぼれでも、まだまだ若い者には負けません。寝室に、もうひとつベッドを用意させて頂けたら、太陽と交代しながら護衛します。」
「僕も、怪我はしていても、命に替えても聖華を守る!それが僕の役目だし、兄上へのお礼でもある。」
そこまで言うと、とたんにその碧眼に色気をにじませる。
「父上もいるし、兄上から殺されちゃうから手は出さないよ。安心して。」
(もう!)
私は軽く太陽を睨みながら、笑った。
銀河が、空の体の返還を求める書状を出してから二日後の朝、城門前に首のない男性の遺体が置かれていた。
その遺体は、空の名前が入った騎士の制服を身に付けている。
私は広間に集めた大臣たちの前で、遺体の上着を脱がせる。
上半身裸にすると、すっかり赤黒くなった不気味な肌が露になる。
相変わらず銀河は、口元をおさえて目をそらす。
私は手袋をはめると、遺体をゆっくりと裏返した。
「空なら、左肩に袈裟懸けの大きくて深い傷痕があるの。そしてその傷痕は古いものだから捏造できないはずよ。」
言いながら、裏返した左肩を見る。
すると、左肩部分は焼かれていた。
私たちは目を合わせる。
「やはり…。」
将軍が呟いた。
大臣たちは、将軍と私を見る。
「やはりとは?」
私は大臣たちに微笑みかけた。
「もう少し順調に作戦が進んだら、話すわ。」
近衛隊長が、遺体に服を着せる。
私は将軍と銀河と太陽を見ると、広間を後にした。
「本日はこれで散会。」
背中で銀河の声が聞こえた。
そのまま私の私室へ集まり、また四人で次の作戦を練る。
『やはり、空は生きていそうだな。』
銀河が駒を動かす。
『聖華、次はどう揺さぶる?』
太陽が私を上目遣いに見た。
『次は、王家の紋章入りのマスクの返還。』
私の言葉に、将軍が目を見開く。
『あれは色術を完全に防げるけれど、以前まで使っていた布のマスクでは、完全には防げない。空が本気を出せば、マスクをしていても色術で脱出できるんじゃないかしら。だから、あのアルミ製のマスクを外させることが必要だわ。』
3人は私を見て、目を輝かせながら大きく頷いた。
再び銀河が書状をしたためたけれど、今回は一週間経っても音沙汰がなかった。
『どうする?聖華。』
太陽が駒を動かしながら、私を見た。
再び、私の私室で軍議が行われているのだ。
『根比べよ。向こうは弔いでも奪還でもいいから、とりあえず親征軍が出るのを待ってるんだから。私が城外へ出ないと苛立ってくるはずよ。』
私の意見に、3人ともゆっくりと頷いた。
「本当に大丈夫なんですか?あれからもう一ヶ月が過ぎましたよ。」
廊下で宰相に呼び止められた。
そう、空がいなくなって、一ヶ月が経過していた。
あのマスク返還を要求して以来、星一族からは何の音沙汰もなかった。
私は宰相に、作れる精一杯の笑顔で頷いた。
「空を一番取り返したいのは、私だわ。」
そう言うと、そのまま宰相の前を通りすぎた。
そう、もう一ヶ月も空に会えていない。
空と出会って以来、こんなに離れたことはなかった。
あの、空に愛された余韻も、空の枕の残り香も、もうすっかり消えてしまっていた。
枕は特に、毎日抱きしめて寝ていたから、私の香りしかしなくなった。
重傷だった太陽の傷もずいぶん癒えて、最近は鍛練にも参加できるようになっていた。
私は中庭に出ると、その太陽たちの鍛練を眺めるために椅子に腰かけた。
私が来たことに気づいた銀河が、冷たい麦茶を用意してくれる。
「ありがとう、銀河。」
私は言いながら、太陽たちの鍛練をぼんやりと眺めた。
「聖華、大丈夫か?」
銀河がハスキーな声で言いながら、私の額に手を当てる。
「え?」
「なんだか、最近ぼんやりしているぞ。…ん、少し体温が高いな。すぐにお匙を呼ぼう。」
椅子を立った銀河に、私はびっくりして思わずその腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと眠たいだけだから!」
銀河は私の顔を覗きこむと、再び椅子に腰かけた。
「顔色も少し悪いな。きちんと眠れてるのか?」
私はあくびを噛み殺しながら答える。
「うん…なんかね、寝ても寝ても寝たりない感じ。眠りが浅いのかなぁ。」
言いながら、麦茶のコップを手に取る。
眠気覚ましに一口、口に含んだ、その瞬間。
今まで平気だった麦茶の香りが鼻について、無性に気持ち悪くなり、思わずその場で吐いてしまう。
「聖華!?」
銀河の叫び声に騎士達が驚いて、一斉にこちらをふり返った。
太陽があわてて走ってくる。
「どうした、聖華!」
太陽が差し出してくれたタオルで口を押さえた瞬間、そのタオルについたカモミールの香りが鼻について、また激しい吐き気がこみ上げる。
「ご、ごめん!」
私はタオルを放り出すと、そのまま口を押さえてその場を走って逃げた。
そして私室に飛び込むと、驚く女官達の前を横切り、お手洗いに駆け込む。
激しい吐き気がおさまらない。
胃の中にあるもの全て吐き出したにも関わらず、まだ激しい吐き気がこみあげてくる。
(辛い…なんなの、これ。)
肩で息をしながら、頭がくらくらし、座ることも辛くてその場に倒れこんだ。
「女王様、いかがされましたか?」
女官が扉をノックする音は聞こえるけれど、返事すらできない。
「聖華!お匙を連れてきた!開けるぞ!!」
銀河の声と共に、扉が激しく叩かれ、強引にこじ開けられた。
とたんにカモミールの香りが充満し、また激しい吐き気に襲われる。
「その香り、嫌だ…。」
掠れた声で口を押さえながら言うと、医師が入ってきた。
「王子様方は、いったん出ていただきましょう。」
女官が私の背中を支えて、体を起こす。
「この水を飲んでごらんなさい。」
作品名:④銀の女王と金の太陽、星の空 作家名:しずか