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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ

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 直轄班長が第1部に戻ってきたのは、一時ギリギリだった。片桐が、第1部長室のほうを見ながら、汗を滲ませたイガグリ頭に声をかけた。
「松永2佐。もうすぐ課長会議、始まりますよ」
「もうメンツ揃ってんかな。外で同期とメシ食ってたら、すっかり遅くなっちまった」
 松永は、自席に座る暇もなく、机の上の筆記具を適当に掴んで日垣の執務室に走った。ドアが全開にされた部屋の中では、すでに第1部所属の課長職たちがテーブルをぐるりと囲んでいた。その中に、渉外班を所掌する事業企画課長の姿も見える。
 美紗は、後ろ手でドアを閉める松永の背を見ながら、小さなため息をついた。自分の処遇は、管理者である松永の一存で決まる。佐伯は「自分の希望をきちんと伝えたほうがいい」というようなことを言っていたが、そんな余地などあるのだろうか。先ほどエレベーターで会った吉谷綾子ほどの実力の持ち主なら、己の意見も要望も、堂々と言えるのだろうが……。
 希望だけははっきりしている。このまま、直轄チームにいたい。しかし、その理由を聞かれたら、と美紗は自問した。

 今の仕事が好きだから?
 日垣さんの一番近くにいられるから?

 自分の中では、どちらの比重が大きいのだろう。



「鈴置さん、今ちょっといい?」
 あまり聞き慣れない声に、美紗の意識は現実に引き戻された。自席の傍に、亜麻色の無地のワンピースを着た八嶋香織が立っていた。
「あ、はい……」
 美紗は、驚きを隠しきれずに、こわばった顔で八嶋を見上げた。同じ部に勤務しながら、彼女と直接話すのは初めてだった。
「ここじゃ、なんだから……」
 ややつり上がった目が、フロアの隅にある小部屋のほうを見やる。美紗は、さほど急ぎでもないデータ整理を中断し、席を立った。