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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ

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 エレベーターが減速するのを感じて、美紗はため息をついた。「直轄ジマ」に戻って松永と顔を合わせるのが、辛い。
「あ、美紗ちゃん」
 開いたドアの向こうに、深いグレーのパンツスーツを着た吉谷綾子が立っていた。長く伸びた脚が、ますます背を高く見せている。思わずその姿に見とれ、それから美紗は慌ててエレベーターの階数表示を見上げた。統合情報局第1部がある十三階ではなく、航空幕僚監部が入る十六階のランプが点灯していた。
「最近どう? 元気にやってる?」
「あ、はい……」
 小気味よい靴音を立てる吉谷の後ろから、航空自衛隊の制服を着た白髪の男が入ってきた。背丈は吉谷と同じくらいだったが、水色の半袖シャツの肩に付けられた階級章には大きな「桜星」が付いている。初めて見る将官に驚いた美紗は、またエレベーターから降り損ねた。吉谷は、それに気付かないまま、十八階のボタンを押した。
 白髪男の将官は、吉谷の陰に隠れるようにして小さくなる美紗をちらりと見た。
「吉谷君の後輩、いや、手下かね」
「何を人聞きの悪いことをおっしゃってるんですか」
 吉谷は、厳めしそうな顔をした将官相手に、ためらうことなく切り返す。彼のほうも、そんな会話を楽しむことに慣れているのか、狭いエレベーターの中で豪胆に笑った。
「吉谷君に可愛がられるとは、あなたも優秀なんだろうね」
「えっ……。いえ、そんな」
 美紗が完全に狼狽しているうちに、エレベーターは展望レストラン風の食堂がある十八階に着いた。吉谷は、「またね」と美紗に手を振ると、将官をエスコートして、絨毯敷きの食堂の中へと消えていった。


「白髪頭? ああ、それたぶん空幕副長(航空幕僚副長)じゃないよ」 
 自席でコーヒーを飲んでいた宮崎は、銀縁眼鏡を光らせながら、美紗の問いに答えた。
「肩の『お星さま』、二つじゃなかった?」
「そこまでは……」
 航空幕僚副長の階級は中将相当である。吉谷と一緒にいた白髪頭の航空自衛官がその役職に就いていたのなら、階級章に付けられた「桜星」は三つのはずだ。