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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ

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(第七章)ブルーラグーンの資格(6)-日垣貴仁の過去②



 日垣が防衛駐在官として赴任した東欧某国は、治安が良いとは言い難かったが、社会情勢はそこそこに落ち着いていた。日垣の妻は、控えめながらもソツのない社交性を発揮して、大使館要人や各国駐在武官の妻たちと円滑な人間関係を築いていった。一緒に連れて行った二人の子供は、現地の日本人学校に難なくなじんだ。
 しかし、駐在して一年半余りが経った頃、妻の母親が病に倒れた。一報を受けた彼女は、居ても経ってもいられず、子供たちを連れて一時帰国した。母親の容態はほどなくして安定したが、その後、妻は日本から出られなくなった。異国の地での生活に疲れを感じていた彼女は、郷里に戻ったことで緊張の糸が一気に切れてしまったようだった。
 現地大使館に残る日垣は、今後の道を判断する必要に迫られた。子供たちの教育のことを考えれば、うつ病を再発した妻の回復を悠長に待つという選択肢はなかった。妻と子供たちの生活基盤を日本に戻すことを決め、以後の彼らのことは義父母にすべて委ねた。己の身の振り方は、ギリギリまで迷った。三年の任期を果たさずに防衛駐在官の職を降板することは、キャリア上大きな汚点となってしまう。単身で現職に留まるべきか、幾度も逡巡した。


「妻が務めを果たせなくなったことを隠すわけにもいかないから、空幕には、私も降板する前提で報告を入れたんだが、その時ばかりは、……妻がもう少し強い人だったら……と、正直思ったよ」
 一瞬でも結婚を後悔したであろう日垣は、その時、彼の妻とほとんど年の変わらない吉谷綾子を思い浮かべたのだろうか。美紗は、ふとそんなことを思い、胸が苦しくなるのを感じた。どんなに願っても吉谷綾子には届かない自分と、顔も知らない日垣の妻が、重なるような気がした。
「……知りませんでした。てっきり、三年お勤めになったのかと……」
「いや、結果的には、そうなってしまった。『突然帰国したくなったから後任を用意してくれ』と言っても、空幕(航空幕僚監部)も急には対応できないからね」