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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ

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 後任の防衛駐在官を選定し、二か月程度の事前研修を受けさせた上で現地に送り出すまでには、最低でも半年はかかる。東欧情勢が流動的な様相を呈していたその当時、防衛省側は、現地ポストに空白が生じるのを大いに懸念した。そして日垣に、後任者が派遣されるまで単身で職務を続けるよう求めてきた。日本に戻った家族の生活が安定したことを承知していた日垣は、本国からの要請を受け入れた。しかし不幸にして、後任者選びはひどく難航した。ようやく交代時期の目途がついた頃には、日垣自身の任期がすでに残り七カ月を切っていた。


「当時の人教部(航空幕僚監部人事教育部)の補任課長は、私が若い頃から世話になっていた人だったんだが、その課長から内々に『交代時期がほとんど変わらないなら、このまま任期満了まで現地にいたほうが経歴に大きな傷がつかなくていい』と言われて、結局、そのとおりにさせてもらった。それで、書類上は任期満了の格好になっているんだ」
「それなら、良かった……んですよね?」
「そうでもないさ。現場にかなり迷惑をかけたことは確かだ。妻と懇意にしてくれた大使夫人には何かと気を遣わせてしまったし、他国の駐在武官たちにもずいぶん助けられた。帰国後の任地も九州地区になるように調整してもらったからね。私の不始末で多様面に迷惑をかけてしまった」
「……ご帰国までは、ずっとお一人で?」
 美紗の問いに、日垣は寂しそうに頷いた。
「一年と四カ月ほど、全く家族の顔を見ずに過ごしてしまった。妻はそれを自分のせいだと思い込んでずいぶん気落ちしていたと、後になって義父母から聞いた。家族に心の傷を負わせてまで、なぜ防駐官に執着していたのだろうと、……今でも、後悔している」
 大きな手が、再び水割りのグラスを手に取る。それに合わせるかのように、美紗もブルーラグーンのグラスに口を付けた。理由もなく覚えた喉の渇きを、青と紺色の合間のような色のカクテルが、少しだけ癒してくれた。
「……仕方がないと、思います。夢を諦めるのは、辛いですから」
「夢?」
「空幕長(航空幕僚長)になる、夢……ですよね?」
 日垣は、あからさまに驚いた顔をして、それから、声を上げて笑った。
「そんな厚かましい夢を見たことはないよ」
「でも、みんな言ってます。日垣さんは、未来の空幕長だって」