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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ

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 防衛駐在官を命じられた自衛官は、いったん防衛省を退職し、外務省職員の身分で海外の日本大使館に赴く。軍事分野の業務に携わるものの、身分はあくまで「外交官」である。外交の場では夫妻単位での交流が前提となっていることが多く、外交官の配偶者のみを対象とした交流活動も「半公式的なもの」として位置付けられている。主要各国から現地に派遣される駐在武官は「武官団」というコミュニティーを形成するが、この中においても、夫妻単位もしくは家族ぐるみでの交流を通じて、人脈作りが図られる。
 このような事情を踏まえ、防衛駐在官の選定にあたっては、当人の能力のみならず、配偶者の適性までもが考慮されるのが常だった。さらには、配偶者の同意がなければ、たとえ適任と評価される人物であっても、防衛駐在官のポストに就くことはできなかった。


「妻は、四大の英文科を出ているから日常の英会話には困らないし、人付き合いも苦手な方ではなかった。ただ、これまでの経緯を考えると、少々の不安はあったんだ」
「奥様は海外のお暮しに反対なさったんですか」
「はっきりそうとは言わなかったが、あまり乗り気ではなかった。今思えば、否定的な判断材料はそれなりにあったのに、私はいつも肝心なところで状況判断が甘いんだ」
 返答に困る美紗を前に、日垣は自嘲的なため息を漏らした。


 海外派遣での功績が評価された日垣は、通例より半年から一年ほど早く2等空佐へと昇進し、同期の先陣を切ってエリートコースの階段を上り始めていた。防衛駐在官に選ばれることは、さらに出世のスピードが早まることを意味した。
 防衛駐在官を務めるのは1佐以上の幹部となっている。このため、様々な事情により任期の浅い2佐が駐在官に選ばれた場合は、無理矢理に一階級引き上げて体裁を整えることもある。日垣にとっては、通常であれば最短七年はかかる3佐から1佐までの昇任期間を、わずか五年で通過できるという、絶好のチャンスだった。
 この機会を活かすべきか迷っていた日垣を後押ししたのは、妻の父親だった。彼は、知り合いの空自幹部を通じ、己の婿が、防衛大学校、幹部候補生学校、さらには指揮幕僚課程のすべてを主席で卒業していたことを承知していた。幕僚長も夢ではない逸材が不甲斐ない娘のためにトップへ上り詰める好機を放棄するのは、どうにも見過ごせなかったようだった。「防衛駐在官に就く者が単身で海外派遣のような任務を負うことは絶対にない」と父親に諭された日垣の妻は、ついに、一家で東欧某国へ赴くことに同意した。