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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ

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「なんとなくそう思ってはいたが、義父に言われるまで、具体的なことはろくに何もしていなかったんだ。情報職に変わって仕事がようやく面白くなってきたところだったし、私事でも忙しかったから、正直、CSのことはすっかり忘却の彼方だった。当時の私に比べたら、片桐のほうがずっとしっかりしているよ」
 美紗は、前年の片桐の様子を思い出して、思わず顔を緩ませた。選抜試験の受験勉強に身が入らない1等空尉は職場でしばしば愚痴をこぼしていたが、彼と同じ階級章を付けた当時の日垣も、似たような状況だったのだろうか。愚痴をこぼす日垣貴仁の姿は、どうも想像できなかった。
「妻と子供を義父母に頼んで、受験勉強に専念させてもらった。それで一次落ちでは合わせる顔がなくなるから、必死だったよ」


 防衛大学校を主席で卒業していた日垣は、果たして選抜試験を一回で突破した。結婚して三年目の春、指揮幕僚課程に入校するため、東京にある幹部学校に着校した。日垣の妻は、初めて生まれ育った街を離れることになった。
 新生活は順調にスタートした。名士の家庭に育った彼女は、両親が親族や仕事関係の人間と手広く付き合う姿を見て育ち、そのノウハウを修得していた。おかげで、夫の職場の上下関係が微妙に影響する官舎内での付き合いも、ソツなくこなした。
 しかし、東京暮らしが三年半ほど経過した頃、日垣家は困難な状況に直面した。


「私が、海外派遣で半年ほど家を空けたんだ。LO(連絡員)として多国軍の合同司令部に勤務していたから、私自身が身の安全を脅かされるようなことはなかったんだが、派遣部隊が展開していた現地の治安は相当悪くてね」
「大変だったんですね」
「いや、私よりは、日本に残った妻のほうが……」
 当時を思い出すのか、日垣はそこでしばし言葉を途切れさせた。穏やかな目にわずかに滲む苦悶の色が、美紗の心を締め付けた。

 
 日垣が海外に派遣された時には、すでに二人目の子供がいた。彼の妻は、幼子二人を抱えて家を守っていたが、状況悪化の著しい現地情勢が連日報道されるのをテレビで平然と見ているほど、気丈な人間ではなかった。官舎の付き合いを通して断片的に入る不穏な噂話が、不安に拍車をかけた。日垣の派遣期間は半年と決まっていたが、彼の妻にとって、それは耐えがたい長さだった。