カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ
(第七章)ブルーラグーンの資格(6)-日垣貴仁の過去①
日垣貴仁が己の妻となる女性と出会ったのは、実家にほど近い九州北部に所在する航空自衛隊某基地に配属されていた時のことだった。地元自治体との付き合いが多い上官を通じて、基地所在地の市役所で助役を務める名士の一人娘を紹介された。
九州では相当に名の知れた大学の文学部を卒業し、地方大手の銀行で働いていた彼女は、「良家の才女」という経歴が抱かせる華やかなイメージとは、やや違っていた。素朴で物静かな雰囲気が、かえって印象的だった。互いの実家が近いということもあり、懐かしさにも似た親近感がわいた。
数回も会って話せば、日垣より四歳年下の彼女は、無言の気配りに長けた女性であることが感じられた。ごく自然に、結婚を意識するようになった。その旨を伝えると、それまではにかむような微笑しか見せることのなかった彼女から、溢れんばかりの笑顔が返ってきた。
上官から将来有望と太鼓判を押された男と、家柄も人柄も申し分のない女との結婚を、双方の親は「最高の良縁」と喜んだ。出会って半年ほどで結婚し、翌年の夏に長男が生まれた。
「すっかり浮かれていたら、義父にクギを刺されてしまって」
日垣は軽く前髪をかき上げると、照れくさそうに笑った。柔らかな優しい顔を、美紗は眩しそうに見つめた。初めて我が子を抱いた当時の彼も、同じように嬉しさと気恥ずかしさをないまぜにしたような笑みを浮かべていたのかもしれない、と思った。
「奥様のお父様は、厳しい方だったんですか?」
「そういうわけじゃないんだ。ただ……」
その当時、三一歳だった日垣は、指揮幕僚課程の選抜試験を目指す時期を迎えていた。将官クラスの高級幹部育成を目的とするこの課程に入校すれば、よほどのことがない限り、ある程度の出世は確約される。しかし、倍率は八倍とも十倍ともいわれ、相当の準備をしなければ選抜試験を通過することは不可能だった。
「義父は自衛隊にはなかなか詳しい人で、CS(空自の指揮幕僚課程)のこともよく知っていた。家族一丸で支援するから本腰を入れて受験勉強してはどうかと言われて」
「でも、元々、受験されるおつもりだったんですよね」
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ 作家名:弦巻 耀