藁人形は微笑わない
「嘘……だろ」
僕は言葉に出来ない様な、そんな気持ちになりました。不愉快だとか、ああいう次元では伝わらない様なそんな感情です。
「現場はどういう感じ?」
「高木の制服がある。窓が全部空いている。あと、近くに藁人形があって、ダイイングメッセージみたいな文章が刺してあったよ。あの水槽の中にあった藁人形には、紙は入ってなかったけど」
「その紙には、何て書いてあるの」
僕は山科に再び尋ねました。
「ストロードールは笑わない、だって」
「藁人形……か」
後々、事件が発覚した後に現場の写真は拝見しましたが、とても不思議な事件でした。窓が全開になっていた為か、彼女がそこから飛び降りて亡くなったと考える人も多くいました。
しかし、僕の中の結論――いや、希望としては、そのセーラー服がカモフラージュだったという説。要するに自殺に見せかけた殺人の様なものであって欲しい、と思いました。
――話は、以上です。
4
「なるほど。犯人は、高木さんに対して恨みを持っていた人物。つまり、高木の味方をしていた奴……って事か。となると、九条くん危なくないか」
「――本当ですね。死ぬかもしれませんね」
九条が驚きながら、答える。
「そう言えば、先程少しだけ触れていた恋愛関係はどうなっていたんだい。もう一度、まとめてくれるかい」
「了解です。まず、僕は高木に恋をしていました。また山科は僕に、宇治は高木に恋をしていました」
「つまり、『山科→九条→高木、宇治→高木』って事か。高木さんが一体誰を好きだったのかが、意外と鍵かもな」
「分かりやすいまとめ、有難うございます。考えやすいです」
九条が感謝の意を伝える。
「他に、重要な登場人物はいたかい」
「……いました。虐めのリーダー格だった太秦孝明くん、ってのが同じクラスに」
「彼は今、何処にいると思うか」
烏丸が問い掛ける。
「分からないです。もしかすると、彼が犯人という可能性が無い訳でも無いです」
「一先ず、私は彼を捜しに行こうと思う。警察の立場ならば第一に、疑いのある人物は、一度会わなくてはならない――危険のリスクを背負ってでも」
「了解です……あと、何か藁人形の件で変わった事があれば、連絡してください」
「分かった。蛸が殺された前例もあった訳だから、例え人間が殺されなくても、あの藁人形が少しでも関わっていたなら連絡しようと思う。それで良いかい」
烏丸の一言に「はい」と九条は納得しつつも、さらにもう一つの要求を加えた。
「……ただ、連絡はラインにしてください。電話だと、余計なお金がかかるので。下宿の身なので、只今節約中です」
「了解した、それでは」
九条は捜査に戻った烏丸に別れを告げると、スマホで株価の情報をチェックしていた。
「よし、予想通り」
何度も繰り返すようだが、九条は株券を実際に所有している訳では無い。しかし、株価が上がると予想していた銘柄が上昇すると、やはり彼は喜びたくなるらしい。上手い事気分が乗ったその流れで、九条はヤフーのトップページに画面を戻した。相変わらずではあるが、「京都で連続不審死事件、二人死亡」といったリアルタイムな時事ネタも、ニュース欄で取り上げられていた。さらに、より詳しい情報を知りたいから、という理由で、九条は地域版のニュースページを開いた。勿論、京都市内版だ。こちらも全国版と同様に「連続不審死」のニュースは取り上げられているが、蛸が殺された件については中々触れられてはいなかった。そんな中、気になる見出しを九条は見つけた。
「六条通商店街 殺された鱈と不審な文面が見つかる」
九条が明らかに不自然なその記事を眺めると、写真付きで書かれたその記事に驚きを隠せなかった。因みに写真には、あの蛸の様にダイイングメッセージを釘で刺した鱈が映っていた。勿論、ダイイングメッセージは、例の文面だった。
その瞬間、九条は脳裏に様々な思考を張り巡らせた。
二条城で殺され池の中で発見された、山科美穂。
清水寺の松の木の下で発見された、宇治政樹。
八坂神社で見つかった、蛸。
六条通商店街で見つかった、鱈。
――そして、八年前に失踪した高木彩夏。
共通するのは、不自然なダイイングメッセージ。
その文面は直訳すると、「ストロードールは笑わない」。
殺人のあった場所では、藁人形(=おそらく遺体だろう)に刺してあった文面。
逆に殺人では無い所には、文面はその生物単体に刺してあった。
「……本当に不可解な事件だ」
九条はそう呟くと、一瞬空を仰いだ。ただ、その矢先にある事を思い出した。
「熊取っ!」
熊取が事情聴収した結果を聞かねば、と九条は一瞬悟ったが、彼女がいた場所には既に彼女はいなかった。
「何処に行ったんだっ、熊取!」
元々蛸が殺されただけの八坂神社の境内は既に事故処理が終わった為、いつもの様相を取り戻していた。叫んでもいない、と判断した九条は、直ぐに熊取の電話番号に掛けた。
『お客様のおかけになった電話は、電源が入っていないか、電波の届かない所にいる為、通話出来ません。ピーっという着信音の後にメッセージを……』
電話も駄目だと分かった、九条は更にもう一度思考した。
熊取が連れて行かれた。まさか、殺される? いや、違う。そんなはずは無い。だが――そんな訳が有りそう。だって、中学時代に高木の味方をしたのは、僕自身だ。その僕に味方して捜査に手伝ってくれているのは、熊取いずみ――彼女だ。不味い。このままでは、彼女が殺されてしまう。早く太秦を見つけないと。
そう心の中で呟いた時、九条は持っていた「京都市内観光地図」を鞄から取り出し、赤の油性マジックで事件のあった場所を書き入れる。
丸太町通〜御池通付近に、二条城。
三条通〜四条通付近に、八坂神社。
四条通〜五条通付近に、清水寺。
さらに、六条通商店街。
「犯行場所がどんどん南下してきて……、南下……、あっ」
古典芸能研究会所属の九条が、ある仮説を閃いた。その時九条は、自転車のペダルに腰を下ろした。そして、直ぐにペダルを漕ぎ始めていた。そして、明らかに京都市内に住んでいそうな舞妓さんに話しかけた――仮説の確証を得るためだ。
「すみません、舞妓さん」
「……何どすか」
若々しい彼女は、如何にも京都らしい口調で答えていた。
「丸竹夷って分かりますか」
彼女は「ええ」と優しく頷いた。
「あれはどういった歌詞ですか」
「……歌いましょうか、簡単に」
快く承諾した彼女は、軽く一呼吸してから丸竹夷を口ずさみ始めた。
「丸竹夷二押御池、姉三六角蛸錦、四綾仏高松万五条、雪駄ちゃらちゃら魚の棚、六条三哲通り過ぎ、七条越えれば八・九条、十条・東寺でとどめさす――どすえ」
「なるほど、有難うございました」
そう言って頭を下げた九条は再び、自転車で南下し始めた。
5